阿弥陀如来とは
阿弥陀如来は、西方にある極楽浄土の教主とされる如来で、念仏を唱える者を臨終のときに浄土へ迎え取ると信じられてきた。阿弥陀仏とも呼ばれる。極楽浄土への信仰は奈良時代から日本にあったが、平安時代中期以降の浄土教の広まりとともに信仰が大きく広がり、阿弥陀如来を本尊とする堂と像が各地で造られた。
如来の像は装身具を着けない出家の姿で表されるため、姿だけでは他の如来と区別しにくい。阿弥陀如来を見分ける主な手がかりは手の形、すなわち印相である。坐像では、膝の上で両手を重ね、親指と他の指で輪をつくる定印が多い。円教寺常行堂の丈六像は、文化庁の解説で「定印阿弥陀如来像」と紹介されている。立像や来迎図では、右手を曲げて上げ、左手を垂らし、両手とも親指と人差し指を捻じる来迎印が一般的である。
脇侍を伴うときは、観音菩薩と勢至菩薩を左右に置く阿弥陀三尊の構成をとる。臨終の迎えを描いた図では、観音菩薩が往生者を載せる蓮台を捧げ、勢至菩薩が合掌する姿で表される。薬師如来は左手に薬壺を持つ像が多く、阿弥陀如来とは持物と印相で区別できる。薬壺を持たない古い薬師像や、印相が後補で失われた像もあるため、判断は解説の記述と照らし合わせて行う。
記録と実物で見分ける手がかり
指定の名称は、材質や技法を前に、姿勢や画題を後に付けて表す。「木造阿弥陀如来坐像」「木造阿弥陀如来立像」のように坐像と立像の別は名称から分かり、坐像は定印、立像は来迎印という組み合わせが多い。ただし例外もあり、名称だけで印相を決めつけないほうがよい。
絵画では、臨終の迎えを描く来迎図がこの如来の代表的な主題である。東京国立博物館の解説によれば、浄土で説法する阿弥陀如来を描く形式が先に伝わり、菩薩を従えて迎えに来る図は平安時代中期ごろから広まった。日本の古い絵画は画面の向かって左を西とする構成が基本で、来迎の一行も左から降りてくる。画面のどちらから如来が現れるかが、西方浄土の仏であることを示している。
建物の名称も手がかりになる。阿弥陀堂は阿弥陀如来を本尊とする堂の通称で、天台宗の常行堂も阿弥陀如来をまつる。建造物の記事で堂の名が本尊を示している場合でも、実際の安置仏が後に替わっていることがあるため、本尊名は寺の公表資料や指定の記録で確認する。
参考文献
- 木造阿弥陀如来坐像(円教寺)|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/197343
- 絹本著色阿弥陀二十五菩薩来迎図|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/127814
- 阿弥陀聖衆来迎図(東京国立博物館)|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/579846
最終更新: 2026.09.26