折衷様とは

折衷様は、日本の在来の和様を基調としながら、鎌倉時代に中国から伝わった禅宗様や大仏様の細部を取り入れた寺院建築の様式である。鎌倉時代後期から室町時代にかけて広まり、特に瀬戸内海沿岸や近畿の寺院の本堂に代表的な遺構が多い。

取り入れられる細部には、大仏様に由来する柱を貫く太い貫や木鼻、桟唐戸、組物のあいだに置く双斗、禅宗様に由来する海老虹梁や柱の下の礎盤、花頭窓などがある。建物の全体の構成や平面、組物の基本は和様のまま、部分ごとに新しい様式の手法を採り入れるのが特徴である。

古い記録では、禅宗様を「唐様」、大仏様を「天竺様」と呼んでいる。国宝の解説に「和様を基調として唐様、天竺様を混用した」とあるのは、和様に禅宗様と大仏様を取り入れたという意味である。

記録と実物で見分ける手がかり

国宝の本堂の解説には、折衷様の代表例として位置づけられるものが多い。広島県尾道市の浄土寺本堂は、和様を基調として唐様・天竺様を混用したいわゆる折衷様式に属し、瀬戸内海沿岸の諸地方にあるこの種の建築の代表的なものとされる。広島県福山市の明王院本堂は、元応3年(1321年)の建立で、和様に唐様を混じえた古い例として、様式混合の時期を示す基準となる作とされる。大阪府河内長野市の観心寺金堂は、和様を主体として組物も和様の三斗組としながら、中備に大仏様の双斗、向拝柱に礎盤、内部に大瓶束や海老虹梁を用いる、折衷様の代表的な遺構とされる。兵庫県加古川市の鶴林寺本堂は、貫に藁座を打って桟唐戸を入れ、中備に蟇股の上に双斗を載せるなど、観心寺金堂よりさらに折衷が進んだ例と解説される。

現地では、建物の全体が和様の構成であるかを確かめたうえで、扉が桟唐戸か、組物のあいだに双斗があるか、柱の下に礎盤があるか、内部に曲がった海老虹梁があるかなど、他の様式に由来する部分を探すとよい。

参考文献

浄土寺本堂|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176362
明王院本堂|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/202069
鶴林寺本堂|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/190203
観心寺金堂|文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/175422

最終更新: 2026.09.27