照林坊鐘撞堂とは
照林坊鐘撞堂は、広島県三次市三次町の照林坊で本堂の東南に建つ江戸時代中期、延享元年(1744年)の鐘楼で、平成23年(2011年)7月25日に登録有形文化財(建造物)となった。
照林坊鐘撞堂は切石積の基壇の上に建ち、桁行1間、梁間1間で、四方に壁を設けない吹放ちの鐘楼である。木造、瓦葺で、面積は16平方メートル。平成6年(1994年)に改修を受けた。照林坊の8棟のなかでもっとも小さい。
文化庁のデータベースでは、照林坊鐘撞堂は建築物ではなく「その他工作物」に分類されている。人が中で過ごすための建物ではなく、鐘を吊り、撞く行為のための構築物という位置づけである。
登録の理由と価値
照林坊鐘撞堂は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。文化庁の解説は「近世建立になる良質な鐘楼」と評している。
良質とされる理由は、16平方メートルという小さな鐘楼に、本格的な木組みを惜しみなく使っている点にある。柱の足元から屋根の軒先まで、格の高い技法が重ねられ、壁がないためにそのすべてが外から見える。山門に次いで古い延享元年の建物が、細部まで良い状態で伝わっていることにも価値がある。
構造と見どころ
礎盤に立つ粽付の円柱
照林坊鐘撞堂の柱は、礎石の上に置いた礎盤という台の上に立つ。柱は円柱で、上下の端をすぼめた粽を付ける。礎盤や粽は、鎌倉時代に禅宗とともに伝わった禅宗様に由来するとされる技法である。
内側へ傾く柱
4本の柱は垂直ではなく、上へ向かって内側へわずかに傾けて立てる内転びとする。柱を内へ傾けると軸組が締まり、建物が安定して見える。柱同士は貫で固め、柱の頂部には台輪をめぐらせる。
尾垂木付の二手先と蟇股
台輪の上には尾垂木付の二手先斗栱を組む。二手先は組物を2段にわたって外へせり出させる形式で、尾垂木は斜めに突き出す部材である。斗栱は柱の上だけでなく柱間の中央にも置き、その間に蟇股を飾る。軒は垂木を2段に重ねた二軒の繁垂木で、深い軒をつくる。
入母屋造の屋根
屋根は入母屋造の桟瓦葺とする。小さな平面の上に組物で大きく軒を張り出した屋根が載り、照林坊鐘撞堂の引き締まった姿を形づくっている。
見学について
照林坊鐘撞堂は壁のない吹放ちの鐘楼なので、境内から柱や組物の細部まで見ることができる。柱の間から見上げると、二手先の斗栱と蟇股の重なりがよくわかる。少し離れて本堂の大屋根を背景に眺めると、鐘楼全体の輪郭がつかみやすい。
鐘は寺の行事で撞かれるもので、2026年10月時点で参拝者が自由に撞けるという案内は確認できなかった。鐘に触れたり撞いたりするのは控えたい。
Q&A
- 照林坊鐘撞堂はいつ建てられましたか?
- 江戸時代中期、延享元年(1744年)の建立で、平成6年(1994年)に改修を受けています。照林坊の登録8棟のなかでは山門に次いで古い建物です。
- 照林坊鐘撞堂はどのような建物ですか?
- 切石積の基壇に建つ桁行1間・梁間1間の吹放ちの鐘楼で、入母屋造桟瓦葺です。面積は16平方メートルで、照林坊の8棟のなかでもっとも小さい建物です。
- 照林坊鐘撞堂の見どころはどこですか?
- 礎盤に立つ粽付の円柱を内転びに立てた軸組と、尾垂木付の二手先斗栱、柱間中央の斗栱と蟇股、二軒の繁垂木です。壁がないため、すべて境内から見られます。
- 照林坊鐘撞堂はなぜ登録有形文化財になったのですか?
- 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で、平成23年(2011年)7月25日に登録されました。文化庁は近世建立の良質な鐘楼と評価しています。
- 照林坊鐘撞堂の鐘は撞けますか?
- 2026年10月時点で、参拝者が自由に撞けるという案内は確認できません。照林坊鐘撞堂の鐘は寺の行事で撞かれるものなので、触れずに見学してください。
基本情報
| 名称 | 照林坊鐘撞堂(しょうりんぼうかねつきどう) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県三次市三次町1280 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成23年(2011年)7月25日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、瓦葺、面積16平方メートル(桁行1間、梁間1間) |
| 所有者 | 宗教法人照林坊 |
| 公開状況 | 境内から見学可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「照林坊鐘撞堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008781
- 文化遺産オンライン「照林坊鐘撞堂」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/213822
最終更新日: 2026.10.07