札幌軟石で積まれた二階建の米倉
旧山谷家住宅石倉(きゅうやまやけじゅうたくいしくら/樋口季一郎記念館)は、北海道石狩市八幡町高岡にある昭和13年(1938年)建築の石造二階建の米倉で、令和6年(2024年)3月6日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建築面積は20平方メートル。数字だけ見れば車一台分の車庫ほどしかない。その面積の上に石を積んで二階を載せ、鉄板葺の切妻屋根をかけている。
収めていたのは米である。知津狩川の南岸に開けたこの一帯は、一戸あたりの収穫が自家消費をはるかに上回る農村で、収穫物をどう越冬させるかが実際的な課題だった。石造はその課題にいくつかの答えを同時に出す。燃えない。木造より庫内の温度変化が小さい。四か月にわたって雪が壁に寄りかかっても腐らない。
壁材は札幌軟石。約4万年前、支笏カルデラを生んだ巨大噴火の火砕流が現在の札幌市南部一帯を覆い、それが固結してできた溶結凝灰岩である。明治8年(1875年)に現在の南区石山で本格的な採石が始まり、加工しやすく耐火性と断熱性に優れることから、開拓期の官庁建築から商家の倉庫、農家の付属屋まで幅広く使われた。平成30年(2018年)には北海道遺産に選定されている。
登録の理由は「景観」だった
登録は第106回登録、登録番号01-0167。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、三つある基準のうち最も裾野の広い一項である。
この一文は読み流さないほうがいい。文化庁がこの建物の何を評価したかが、そこに書かれているからだ。意匠の希少性でも、手がけた棟梁の名声でもない。この石倉が高岡という場所に属していること、そしてこれが失われれば集落の見え方が変わること。評価されたのはその一点である。
文化庁の解説文も外観に触れ、札幌軟石を用いた外観が集落景観を形成すると記す。石狩の低地から坂を上がって高岡に入ると、その意味が視覚的に理解できる。この台地は標高10〜20メートルの平坦地で、農家は互いに離れて建つ。木造の付属屋が並ぶなかに灰色の石の箱がひとつ立てば、かなりの距離から目に入る。
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。指定が少数の優品を厳しい規制のもとに置くのに対し、登録は築50年以上の建造物を広く対象とし、所有者の負担を抑えて「使いながら残す」ことを狙う。数十戸の集落に建つ農家の米倉は、この制度が想定した典型例と言っていい。
米倉から記念館へ
米が運び出されてから久しい。令和2年(2020年)、この石倉は樋口季一郎記念館として再出発した。展示室は一室のみ。取り上げられているのは、旧陸軍中将の樋口季一郎(1888〜1970)である。
記念館によれば、開設したのは館長の江崎幹夫氏で、樋口の事績を単独で発信する場をつくりたいと考え、令和元年(2019年)春に直系の孫にあたる音楽学者・樋口隆一氏に相談したうえで計画を進めたという。同年9月に開館式典が行われ、一般公開は翌月から始まった。
樋口の名が知られるのは、主に二つの出来事による。昭和13年(1938年)3月、ハルビン特務機関長だった樋口が、ソ連領オトポール駅に足止めされていたユダヤ人難民の満洲通過を認めることに関与したとされる件。もう一つは昭和20年(1945年)8月、第五方面軍司令官として、日本の降伏表明後に千島列島北端の占守島へ上陸したソ連軍に対し反撃を命じた件である。
いずれも評価が定まっているわけではない。記念館は救出された難民を2万人ともするが、残された史料を検討した研究者の推計はこれよりかなり小さく、数字自体も文献によって幅がある。判断のどこまでが樋口個人のものだったかについても議論が続いている。ここで来館者が受け取るのは記念館の見解であり、それは率直な形で提示される。刊行された研究と併せて読むのが、この展示への向き合い方として妥当だろう。
室内の中心には、樋口が第五方面軍司令官時代に使用していたと記念館が伝える執務机が置かれている。周囲の壁面はパネル展示に充てられている。
足を止めて見たい細部
戸口は東妻にあり、その上に下屋が差し掛けられている。吹き溜まりの雪が戸口に直接かからないようにする工夫で、北海道の倉ではよく見る納まりである。
内部は一室の土間。見上げると小屋組が隠されずに現れている。梁を渡し、その上に束を立てて母屋を受ける和小屋で、石積みの壁のなかに木の骨組みが露出している対比が面白い。
西妻には鉄扉付きの窓が開き、その上に山谷家の屋号が鏝絵で掲げられている。鏝絵は漆喰を鏝で盛り上げて図像をつくる左官の技法で、本州の商家の土蔵に見られることが多い。それが昭和13年建築の北海道の農家の米倉に載っているのは、あまり例のない残り方である。
近づいたら壁面そのものも見ておきたい。札幌軟石は風化すると温かみのある灰色に落ち着き、地衣類がつきやすい。白い軽石の粒が斑に混じるという材料の特徴は、日の当たりにくい北面でいちばん見分けやすい。
実用的な情報を文化庁の記録は持たないので、ここに記しておく。記念館の開館日は木・金・土・日曜日、開館時間は午前11時から午後3時まで。入館料は高校生以上500円、中学生以下は無料。冬季も同じ4日間だが完全予約制となり、問い合わせページからの予約が必要になる。臨時休館の可能性があるため、事前の連絡が確実である。高岡には鉄道がなく、路線バスも実質的に使えない。ほとんどの来訪者は車で、札幌駅から約45分、JR石狩当別駅から約15分が目安になる。館内撮影の可否は公式サイトに記載がないので、受付で確認してほしい。
Q&A
- 旧山谷家住宅石倉(樋口季一郎記念館)は見学できますか。開館日と入館料は?
- 見学できます。樋口季一郎記念館として木・金・土・日曜日の午前11時から午後3時まで開館し、入館料は高校生以上500円、中学生以下は無料です。12月から3月の冬季は同じ4日間で完全予約制となり、記念館の問い合わせページから予約します。臨時休館もあるため、訪問前の確認をおすすめします。
- 旧山谷家住宅石倉(樋口季一郎記念館)へのアクセス方法は?
- 所在地は北海道石狩市八幡町高岡103-3で、古民家の宿Soliiの敷地内にあります。札幌駅から車で約45分、JR石狩当別駅から車で約15分、新千歳空港からは約1時間20分が目安です。高岡地区には鉄道が通っておらず路線バスも実質的にないため、レンタカーやタクシーでの来訪が前提になります。
- 旧山谷家住宅石倉はなぜ石造なのですか。どんな石材ですか?
- 壁材は札幌軟石で、約4万年前の支笏カルデラ噴火による火砕流が固まった溶結凝灰岩です。加工しやすく、耐火性と断熱性に優れ、長く雪が接しても傷みにくいという性質があります。収穫した米を北海道の冬を越して保管するという用途に、これらの性質が合致していました。
- 旧山谷家住宅石倉が令和6年に登録有形文化財になった理由は?
- 令和6年(2024年)3月6日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という登録基準によって登録されました。文化庁は、札幌軟石を用いた外観が知津狩川南岸の農村集落の景観を形づくっている点を挙げています。登録は指定より規制の緩やかな保護制度で、建物を使い続けながら残すことを目的としています。
- 旧山谷家住宅石倉の近くに、あわせて見られる文化財はありますか?
- 同じ旧山谷家の屋敷地に、明治44年(1911年)建築の旧山谷家住宅木倉が南西に建ち、石倉と同じ令和6年3月6日に登録されています。母屋と納屋は古民家の宿Soliiとして改装されています。木倉の内部公開は行われていないため、当日どこまで見られるかは記念館の受付で確認してください。
基本情報
| 名称 | 旧山谷家住宅石倉(樋口季一郎記念館)/きゅうやまやけじゅうたくいしくら |
|---|---|
| 所在地 | 北海道石狩市八幡町高岡103-3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 01-0167 第106回登録 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)3月6日 登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 石造2階建、鉄板葺、建築面積20平方メートル(昭和13年建築/昭和20年代・平成31年改修) |
| 所有者 | 株式会社AI建築 |
| 公開状況 | 樋口季一郎記念館として公開(木〜日曜日 11:00〜15:00、入館料 高校生以上500円・中学生以下無料、冬季は完全予約制) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「旧山谷家住宅石倉(樋口季一郎記念館)」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014702
- 文化遺産オンライン「旧山谷家住宅石倉(樋口季一郎記念館)」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/602700
- 樋口季一郎記念館「所在地・アクセス」
- https://higuchi-museum.jp/access.html
- 樋口季一郎記念館「樋口季一郎記念館について」
- https://higuchi-museum.jp/about/about.html
- 北海道教育庁生涯学習推進局文化財・博物館課「国の登録文化財一覧」
- https://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/bnh/bun-hogo-tourokuitiran.html
- 北海道遺産協議会「札幌軟石」
- https://www.hokkaidoisan.org/sapporo_nanseki.html
- いしかり古民家ツーリズム「旧山谷家」
- https://www.ishikari-kominka.jp/yamaya/
最終更新日: 2026.08.27