円山原始林:札幌の中心に息づく植物の宝庫
札幌の繁華街から地下鉄でわずか数分。標高225メートルの小さな山が、突如として大都市の中に現れます。この山の斜面を覆う森こそが、国の天然記念物「円山原始林」です。1921年(大正10年)3月3日に指定されたこの森は、限られた面積の中に驚くほど多様な樹木を育み、19世紀末から世界の植物学者たちを魅了してきました。新緑の春、涼やかな夏、燃えるような秋、静寂に包まれる冬。四季それぞれの表情を持つこの森は、街と原始的な自然が隣り合うという、世界的にも稀有な体験をもたらしてくれます。
円山原始林の特別な価値
「原始林」と名乗ってはいるものの、実際には完全な原生林ではなく、原生林に極めて近い天然林として位置づけられています。それでもなお、この小さな山がこれほどの多様な植物相を抱えていることは特筆に値します。1921年の天然記念物指定にあたっては、主な樹種としてカツラ、ミズナラ、センノキ(ハリギリ)、コブシ、ホオノキ、イタヤカエデ、ヤチダモ、シナノキ、オオバボダイジュ、オヒョウ、クルミ、サワシバ、アカダモなどが挙げられました。
この豊かさは、円山が複数の森林帯の交差点に位置することと深く関係しています。冷温帯の渓谷沿いを代表するカツラ林が発達する一方で、北方針葉樹林の要素も同居しており、コンパクトな空間に重層的な生態系が凝縮されているのです。
1893年、世界に紹介された森
円山が学術的に注目される契機となったのは、札幌農学校(後の北海道大学)の植物学者・宮部金吾の存在でした。宮部は円山と隣接する藻岩山を自身のフィールドとして長く研究を続け、1893年(明治26年)にハーバード大学の高名な樹木学者チャールズ・スプレーグ・サージェント博士をこの森へ案内しました。サージェントは「土地の気候や山の規模に対して、これほど樹木が豊富な場所は世界的にも珍しい」と高く評価し、その評価を通じて円山は国際的な学術界に知られるようになり、後の保護への道筋が開かれていきました。
採石場から国の天然記念物へ
円山が保護されるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。札幌が開かれて間もない1872年(明治5年)には、開拓使本庁舎の礎石とするため山頂から石材が切り出されました。翌年には採石が禁止され、1877年(明治10年)には禁伐林に指定されました。さらに調査と検討を重ねたうえで、1913年(大正2年)に原生天然保存林に指定され、1921年(大正10年)3月3日、満を持して国の天然記念物となりました。なお、市街地に面する東側の斜面は人の手が入っていたために指定範囲から除外されており、保護の対象は山の主要部分に限られています。
訪れる人を魅了する見どころ
北西山麓の大カツラ
森の中でとりわけ印象深い存在が、北西山麓の円山川沿いの遊歩道脇にそびえる巨大なカツラの古木です。樹齢は明らかにされていませんが、数百年に及ぶと考えられています。カツラには、根元からひこばえを次々と伸ばし、それらが集まって一本の大きな株立ちを形成する性質があります。この古木はその特性をまさに体現したような姿を見せ、見上げると、ハート型の小さな葉が頭上いっぱいに広がります。秋には葉が柔らかな黄色に染まり、キャラメルのような甘い芳香があたりに漂うことでも知られます。
登山道と山頂からの眺め
円山の自然歩道は総延長約2.7キロメートル。登山口から山頂まではおよそ1キロメートルで、ゆったり歩いて30〜40分ほどの距離です。スニーカーで気軽に登れる傾斜のため、家族連れや高齢の方にも親しまれています。標高225メートルの山頂からは、札幌中心部の街並みが間近に広がり、晴れた日には遠く石狩湾まで見渡せます。距離感が近いだけに、藻岩山からの景色とはひと味違う迫力があると評価する人も少なくありません。
円山八十八ヵ所
登山道は、信仰の道としての顔も併せ持っています。1914年(大正3年)、円山村の開拓に尽力した上田万平・善七兄弟が、成田山新栄寺と相談し、登山道に沿って八十八体の観音像を配置しました。この年は弘法大師(空海)が四国八十八ヵ所霊場を開いてから、ちょうど1100年目にあたります。各観音像には対応する四国の霊場番号が刻まれており、現在も静かに登山者を見守り続けています。
四季それぞれの森
円山原始林は、訪れる季節によってまったく異なる表情を見せてくれます。春は新緑と山野草、隣接する円山公園の遅咲きの桜が彩りを添えます。夏は深い木陰が街の暑さから身体を守ってくれる涼やかな避暑地となります。秋にはカエデの赤、シナノキの黄、カツラの金色が重なり合う紅葉の絶景が広がります。冬は適切な装備が必要ですが、雪に覆われた静寂の道で、エゾリスやキツネ、野鳥の足跡に出会える機会も生まれます。
周辺の見どころ
円山原始林は、自然・信仰・文化が一帯に凝縮された、札幌でも屈指の魅力的なエリアの中心に位置しています。徒歩圏内で複数の名所を訪れることができます。
- 北海道神宮:北海道を代表する神社で、1869年(明治2年)に円山の北麓に創建されました。豊かな鎮守の杜が、天然記念物指定区域と自然に連続しています。
- 円山公園:札幌屈指の桜の名所として知られ、広々とした芝生と散策路が整備された都市公園です。
- 札幌市円山動物園:1951年開園の歴史ある動物園で、ホッキョクグマやエゾヒグマなど北海道らしい動物たちに出会えます。
- 大倉山ジャンプ競技場:1972年札幌冬季オリンピックの舞台となった会場で、展望台から市内を一望できます。
- 円山界隈のカフェ・ベーカリー:札幌でも特に洗練された街として知られ、人気のパン屋や喫茶店、レストランが点在しています。登山後の食事や休憩に最適です。
アクセスと訪問の心得
円山原始林は、日本の天然記念物の中でも屈指のアクセスの良さを誇ります。地下鉄東西線の円山公園駅から徒歩約11分で主要な登山口に到達できるため、札幌中心部に滞在する旅行者でも、半日あれば本格的な北方の天然林を体感し、街中での夕食に間に合わせることができます。
訪問にあたっては、必ず指定された自然歩道のみを歩いてください。指定区域全体が文化財保護法により最上位の保護下にあり、無許可で歩道外へ立ち入ることは禁じられています。夏場は飲み物を持参することが望まれ、近年クマの目撃情報もあるため、注意喚起の標識には十分留意してください。
Q&A
- 円山原始林は本当に人の手が入っていない原生林なのですか?
- 厳密には原生林ではありません。明治期以前にも一部で伐採が行われ、1872年には山頂で採石も行われた記録があります。しかし森林の大部分が手つかずのまま残されており、現在では「原生林に近い天然林」として位置づけられています。これほど原生に近い森が大都市の中心部にまとまった形で残されていること自体、世界的にも稀有な存在と言えます。
- 訪れるのに最適な時期はいつですか?
- どの季節も魅力的ですが、新緑が最も瑞々しい5月下旬から6月上旬、紅葉の見頃となる10月中旬は特に印象的です。一年を通じて歩くことができますが、冬季は雪道に対応した靴が必要となります。
- 山頂までどのくらい時間がかかりますか?
- 登山口から標高225メートルの山頂までは、平均的なペースでおよそ30〜40分です。麓の自然歩道を含めた周回ルートは全長約2.7キロメートルで、1時間半ほどで快適に歩けます。
- 特別な装備や許可は必要ですか?
- 指定された自然歩道を歩く一般的なハイキングであれば、許可は不要で、しっかりした歩きやすい靴があれば十分です。ただし、歩道を外れて森の中に立ち入ることは文化財保護法により禁じられています。
- 札幌中心部からの行き方を教えてください。
- 地下鉄東西線で円山公園駅まで向かいます。駅から円山公園を通って八十八ヵ所登山口までは徒歩約11分です。同じルート上に北海道神宮や円山動物園もあり、合わせて訪れることができます。
基本情報
| 名称 | 円山原始林(まるやまげんしりん) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定天然記念物(1921年〈大正10年〉3月3日指定) |
| 所在地 | 北海道札幌市中央区円山 |
| 標高 | 225メートル |
| 自然歩道延長 | 約2.7キロメートル |
| 主な樹種 | カツラ、ミズナラ、センノキ(ハリギリ)、コブシ、ホオノキ、イタヤカエデ、ヤチダモ、シナノキ、オオバボダイジュ、オヒョウ、クルミなど |
| 管理 | 林野庁北海道森林管理局石狩森林管理署 |
| 最寄駅 | 札幌市営地下鉄東西線「円山公園駅」(登山口まで徒歩約11分) |
| 入場料 | 無料 |
参考文献
- 円山原始林 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/200836
- 天然記念物への立ち入り等について/札幌市
- https://www.city.sapporo.jp/shimin/bunkazai/kinennbutsu.html
- 藻岩原始林・円山原始林(札幌市文化財紹介PDF)
- https://www.city.sapporo.jp/shimin/bunkazai/pdf/documents/p22_moiwa-maruyamagensirin_ol.pdf
- 円山(札幌市)- Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E5%B1%B1_(%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%B8%82)
- 札幌市文化財データベース - 円山原始林
- https://jmapps.ne.jp/sapporo_bunka/det.html?data_id=5932
最終更新日: 2026.05.07