藻岩原始林 ― 札幌の街に隣りあう、生きた原始の森

札幌の中心部からわずかに南へ目を向けると、標高531メートルの藻岩山が深い緑をまとってそびえています。その山腹を覆うのが、大正10年に国の天然記念物に指定された「藻岩原始林」です。人口190万人を数える大都市のすぐそばに、これほど豊かな原始の森が手つかずに近い姿で残っている例は、世界的に見てもまれです。海外からのお客様にとって、北海道の自然の核心を半日で体感できる、まことに貴重な場所と言えるでしょう。

藻岩原始林とは

藻岩原始林は、札幌市南区にそびえる藻岩山の山腹に広がる原生的な森林です。明治以降、北海道の山々の多くが伐採や開発の波にさらされてきましたが、藻岩山の森は早くから保護の対象とされ、本来の植生がほぼ手つかずに保たれてきました。

この森の最大の特色は、広葉樹の種類が極めて豊富なことです。指定当時の記録には、カツラ、ホオノキ、コブシ、キハダ、ニガキ、イタヤカエデ、ボダイジュ、ハリギリ、ハシドイ、ミズキ、シラカンバ、ウダイカンバ、エゾノタケカンバ、ミズナラ、トドマツなど、北海道南西部を代表する樹種が並びます。下層の草本類まで含めると、保護区域内で記録されている植物は400種を超えると言われ、まさに学術的にも観賞的にも貴重な森林博物館となっています。

なぜ天然記念物に指定されたのか

藻岩原始林が国の天然記念物に指定されたのは、1921年(大正10年)3月3日のことです。同じ日に近隣の円山原始林も指定され、急速に開拓が進む北海道のなかで、原生的な森を後世に残そうという強い意志が示された出来事でした。

この地が天然記念物にふさわしいと判断された理由は、大きく二つあります。一つは、広葉樹を中心とする植生の多様性です。冷温帯北部に位置する藻岩山の森は、北海道南西部の原植生を伝える「生きた標本」として、研究者にとって計り知れない価値を持っていました。もう一つは、その立地です。発展途上の都市・札幌のすぐそばに、これほどの規模の原始的な森が残されていること自体が、保全と教育の両面で重要だと評価されたのです。

現在も、自然歩道以外への立入には文化財保護法に基づく許可が必要であり、森林法による保安林にも指定されています。所有・管理は林野庁北海道森林管理局石狩森林管理署が担い、長きにわたって慎重に守られています。

魅力と見どころ

足で味わう五つの登山道

藻岩原始林の魅力をもっとも深く感じられるのは、やはり自分の足で歩く時間です。山には全部で五本の登山道が整備されており、最短2.4キロから最長4.5キロまで、体力や時間に合わせて選ぶことができます。なかでも一番人気は「慈啓会病院前コース」で、登山口から山頂までは約2.9キロ。古い巡礼の名残として三十三体の観音像が点々と置かれ、ミズナラやイタヤカエデ、シラカンバなどの大木が織りなす森の中をゆっくりと登っていきます。健脚であれば往復で2時間半ほど、ゆったり歩いても3〜4時間ほどの行程です。

このほかに、旭山記念公園コース、小林峠コース、スキー場コース、北の沢コースがあり、それぞれ表情の異なる森を楽しめます。歩きながら、エゾリスが幹を駆け上がる姿や、キツツキ類のドラミングに出会うことも珍しくありません。

ロープウェイと「もーりすカー」

登山が難しい方でも、藻岩山の森は手軽に楽しむことができます。山麓駅から中腹駅までを約5分で結ぶ「札幌もいわ山ロープウェイ」と、中腹駅から山頂駅までを結ぶミニケーブルカー「もーりすカー」を乗り継げば、原始林の樹冠を上空から見下ろしながら山頂まで上がることができます。「もーりす」は山に暮らすエゾリスをモチーフにしたキャラクターで、土産物にも人気です。

山頂展望台からは、札幌の街並みの向こうに石狩湾、晴れた日には増毛・暑寒別の山々まで望むことができます。夜には宝石を散りばめたような夜景が広がり、藻岩山は「日本新三大夜景」の一つにも数えられる屈指の夜景スポットとして知られています。

四季のうつろい

森の表情は季節ごとに大きく変わります。春はコブシやホオノキの花、芽吹きの淡い緑が森を満たし、夏は深い木陰と鳥の声が涼を誘います。10月中旬ごろには紅葉の見ごろを迎え、ミズナラの黄、イタヤカエデの赤、シラカンバの白い幹が織りなす色彩は格別です。冬は山腹の一部に「札幌藻岩山スキー場」がオープンし、雪をまとった原始林の眺めもまた格別です。

アイヌの聖地としての藻岩山

藻岩原始林の歴史は、近代の天然記念物指定よりもはるかに古く、北海道の先住民族であるアイヌの時代にさかのぼります。アイヌ語で藻岩山は「インカルシペ(いつも上って見張りをするところ)」と呼ばれ、見晴らしの場であると同時に神(カムイ)の宿る尊い山と考えられていました。幕末の探検家・松浦武四郎は『後方羊蹄日誌』のなかで、アイヌにとって藻岩山が物見の山であり、同時に聖なる山であったと書き残しています。森に一歩足を踏み入れると、現代の地図には書かれない、もう一つの土地の記憶が静かに息づいているのを感じられるはずです。

周辺の見どころ

藻岩原始林を訪れたあとは、札幌市内の見どころを巡るのもおすすめです。同じ1921年に天然記念物に指定された円山原始林は、藻岩山から北方向にあり、より気軽に散策できる森として親しまれています。隣接する円山公園には北海道神宮があり、北海道開拓の歴史を感じられます。市街中心部では、大通公園、札幌市時計台、すすきの界隈などが徒歩圏内です。さらに足を延ばせば、定山渓温泉や小樽運河、運河沿いの海産物市場も日帰り圏内に収まります。

Q&A

Q藻岩原始林に入るのに許可は必要ですか?
A整備された登山道(自然歩道)を歩くだけであれば、特別な許可は必要ありません。ただし、登山道以外の原始林内への立入は文化財保護法により禁じられており、研究等で立ち入る場合は事前の申請と許可が必要です。植物の採取も法律により罰則の対象となるため、必ず登山道から外れないようお願いいたします。
Qいつ訪れるのがおすすめですか?
Aそれぞれの季節に魅力があります。新緑と花を楽しむなら5月下旬〜6月、涼を求めるなら7月〜8月の樹林帯歩きが快適です。紅葉は10月中旬ごろが見ごろで、夜景や雪化粧の森を楽しみたい方には冬のロープウェイ利用もおすすめです。
Q登山にはどのくらい時間がかかりますか?
A人気の慈啓会病院前コースでは、登り約90分、下り約60分が一般的な目安です。距離は片道約2.9キロで、初心者の方でもしっかりした靴と水分があれば歩ける道です。慣れない方は時間に余裕を持ってお出かけください。
Qどのような野生動物に出会えますか?
Aもっともよく見かけるのはエゾリスで、一年を通じて樹上を駆ける姿を観察できます。キタキツネに出会うこともあり、キツツキ類など多くの野鳥、季節の昆虫や山野草も豊富です。野生動物との距離は十分に保ち、餌を与えないようにお願いいたします。
Q夜景見物と組み合わせて訪れることはできますか?
Aはい、可能です。山頂展望台は「日本新三大夜景」のひとつに数えられる名所で、日没前に登って夕景から夜景までを楽しみ、帰路にロープウェイを利用される方も多くいらっしゃいます。山頂の「幸せの鐘」も人気のフォトスポットです。

基本情報

名称 藻岩原始林(もいわげんしりん)
指定区分 国指定天然記念物
指定年月日 1921年(大正10年)3月3日
所在地 北海道札幌市南区藻岩山
標高 531メートル
主な樹種 カツラ、ホオノキ、コブシ、キハダ、ニガキ、イタヤカエデ、ボダイジュ、ハリギリ、ハシドイ、ミズキ、シラカンバ、ウダイカンバ、エゾノタケカンバ、ミズナラ、トドマツ など
登山道 5コース(最短2.4km〜最長4.5km)
アクセス 札幌市電「ロープウェイ入口」電停より無料シャトルバスで約2分、または徒歩約10分で「もいわ山麓駅」へ。営業時間や運賃は時期により変動するため、事前に公式サイトで確認することをおすすめします。
管理 林野庁 北海道森林管理局 石狩森林管理署

参考文献

文化遺産オンライン「藻岩原始林」(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137697
札幌市「天然記念物への立ち入り等について」
https://www.city.sapporo.jp/shimin/bunkazai/kinennbutsu.html
札幌市南区「天然記念物藻岩原始林(碑)」
https://www.city.sapporo.jp/minami/ishibumi/chiku0103.html
ようこそさっぽろ「藻岩山・札幌もいわ山ロープウェイ」
https://www.sapporo.travel/spot/facility/mount_moiwayama/
札幌もいわ山ロープウェイ公式サイト
https://mt-moiwa.jp/feature/climb/
YAMAP「藻岩山」
https://yamap.com/mountains/130

最終更新日: 2026.05.07