米田家住宅主屋とは

米田家住宅主屋は、兵庫県洲本市宇山にある米田家住宅の中心となる住まいで、昭和16年(1941年)に建てられ、平成16年(2004年)に登録有形文化財となった木造平屋建の建物である。

米田家住宅主屋は敷地の東寄りに西を向いて建つ。屋根は南北に棟を通した入母屋造の桟瓦葺で、西と南に下屋をめぐらせ、正面の西側には入母屋造の玄関を突き出している。

建築面積は124平方メートルで、同じ年に建てられた8棟のうち、客殿と並んで最も大きい。背面の東側には細長い下納屋が平行に建ち、屋敷の中央に建つ寝殿とは渡廊下で結ばれている。

登録の理由と価値

米田家住宅主屋は、平成16年(2004年)3月2日付の第41回登録で、登録番号28-0142を与えられた。登録基準は「造形の規範となっているもの」である。

文化庁の解説は、全体を繊細な比例でまとめた数寄屋風の住宅で、良い材を使った質の高いつくりであると評価している。華やかな装飾ではなく、寸法の釣り合いと材の質で格をつくる住宅として見られている。

もう1つ大事なのは、誰が建てたかが分かっていることである。棟札には、設計を山本豊圓、棟梁を斎藤三吉が務めたことが記されている。図面を引いた人と現場を率いた大工の両方が名前で残り、昭和戦前の邸宅がどのように建てられたかを確かめる手がかりになっている。

見どころ

正面に張り出す入母屋の玄関

西の正面では、大屋根の手前に、もう1つ小さな入母屋の屋根をのせた玄関が張り出す。大きさの違う2つの入母屋が前後に重なり、平屋でありながら奥行きのある正面をつくっている。

西と南をめぐる下屋

西と南の2面には、大屋根の軒の下にもう一段低い下屋の屋根が回る。屋根を二段に分けることで軒先の高さが抑えられ、米田家住宅主屋は背の低い、横に長い姿に見える。

比例と材で見せる住宅

数寄屋風の住宅では、柱や軒まわりの部材を細めにそろえて軽やかに見せることが多い。米田家住宅主屋の部屋割りや内部の材の種類は公表資料に記されていないが、文化庁が良材を用いた質の高いつくりと特に記している点は、写真を見るときの手がかりになる。

見学について

米田家住宅主屋は個人の住まいの一部で、2026年10月時点で内部公開や見学会の案内は確認できなかった。敷地内には立ち入れない。主屋は敷地の内側にあたる西を向いて建つため、玄関まわりが敷地の外から見えるかどうかは確認できていない。

外観は文化庁の国指定文化財等データベースに掲載された写真で確かめられる。屋敷全体への行き方は米田家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q米田家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A昭和16年(1941年)です。同じ屋敷の寝殿・客殿・湯殿・洋館・土蔵・下納屋・祠も同じ年の建築とされています。
Q米田家住宅主屋を設計したのは誰ですか?
A棟札によれば、設計は山本豊圓、棟梁は斎藤三吉です。
Q米田家住宅主屋は見学できますか?
A個人の住まいのため、2026年10月時点で公開の案内はありません。外観は文化庁の国指定文化財等データベースの写真で見られます。
Q米田家住宅主屋はどのような形の建物ですか?
A木造平屋建で、南北に棟を通した入母屋造の桟瓦葺です。西と南に下屋を回し、西の正面に入母屋造の玄関を突き出しています。建築面積は124平方メートルです。
Q米田家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A平成16年(2004年)に「造形の規範となっているもの」として登録されました。繊細な比例でまとめた数寄屋風の住宅で、良材を使った質の高いつくりと評価されています。

基本情報

名称米田家住宅主屋
所在地兵庫県洲本市宇山2-5-4
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)3月2日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積124平方メートル
所有者個人(兵庫県教育委員会の国登録文化財一覧による)
公開状況非公開(個人の住宅。公開の案内なし)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「米田家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004012
文化遺産オンライン「米田家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/169322
兵庫県教育委員会「国登録文化財(建造物)一覧」
https://www.hyogo-c.ed.jp/~shabun-bo/gyouseisituhp/top/R2kunitourokubunkazaiitiran.pdf

最終更新日: 2026.10.08