旧黒川米穀店店舗とは

旧黒川米穀店店舗は、茨城県結城市大字結城字西の宮町にある土蔵造2階建の商家建築で、明治45年(1912年)に建てられ、平成18年(2006年)10月18日に国の登録有形文化財となった。登録番号は第08-0219号である。

建てたのは米穀商の黒川佐吉。棟木に残る墨書から建設年が明治45年(1912年)と判明しており、翌大正2年(1913年)発行の「結城町市街明細図」には「米雑穀商 黒川佐吉」の名が記されている。黒川家が明治になってこの地で商いを始めてから、店を蔵造りに建て替えるまでの歩みが、建物と地図の両方に残っている。

規模は桁行7間、梁間4間、建築面積93平方メートル。屋根は切妻造桟瓦葺で、敷地の南側の道路に面して建ち、妻側を通りへ向ける妻入とする。1階は南半分が土間で、その奥に6畳間。2階には10畳の座敷が2室並ぶ。店の顔と住まいが1棟に収まる、結城の見世蔵の典型的な構成である。

登録有形文化財としての価値

旧黒川米穀店店舗の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。結城の旧市街には明治初期から大正期にかけて建てられた蔵造りの商家が数多く残り、そのうち十数件が国の登録有形文化財となっている。旧黒川米穀店店舗はその一群のなかでも規模が大きく、平面の構成も込み入っている。

結城は鎌倉時代に結城氏が本拠を置いた町で、近世以降は結城紬の集散地として商いが厚みを増した。米穀商であった黒川家が、絹織物の問屋が軒を連ねる通りに、これだけの店蔵を建てられた背景にはその商業の層の厚さがある。旧黒川米穀店店舗は、紬だけでは語りきれない結城の商業の広がりを示す建物といえる。

結城市の解説によれば、1階の内外に部分的な増築と改装があり、修復工事の際には建物を少し奥へ曳家しているものの、それ以外はほぼ当初の状態を保っている。明治末の店構えがまとまった形で残っている点が、この建物の評価につながっている。

見どころは大きな棟と開け放たれた正面

通りから見上げてまず気づくのは屋根である。棟を高く積み、両端に据えた鬼瓦も大ぶりで、屋根の上半分だけで建物全体の重さを決めている。屋根の一部は低く落とした落ち棟とし、高さの違う2つの棟が前後に重なる。単純な切妻の一枚屋根にしなかったことで、正面の輪郭に段ができた。

視線を下ろすと、1階正面は左側1間と右側4尺の袖壁を残してほぼ全面が開き、そこにガラス戸と板戸が並ぶ。土蔵造でありながら、店として開くべき面はここまで開けてよい、という判断がそのまま形になっている。南と西の2面には4尺(約1.2メートル)あまりの下屋庇が回り、雨の日でも軒下を伝って歩ける。

2階正面は中央に横長の窓を開け、その両側に半間の戸袋を置く。軒は出桁の上に蛇腹を3重に重ねた本格的なつくりで、遠目には水平の線が3本走って見える。旧黒川米穀店店舗の正面は、こうした水平材の重なりで組み立てられている。細部を追うなら、蛇腹の陰影がはっきり出る晴れた日の午前が見やすい。

旧黒川米穀店店舗の見学方法とアクセス

旧黒川米穀店店舗は個人が所有する建物である。結城市の観光案内は、この建物を「あくとの里」として農産物直売所に利用されていると紹介しており、営業していれば1階の旧店舗の空間に入ることができる。ただし市は、町並みを歩くための案内であって建物内部の見学を約束するものではない、と明記している。用途や営業日は変わりうるので、内部を見たい場合は結城市商工観光課に事前に確かめるのが確実である。

外観は通りから自由に眺められる。拝観料や開館時間の設定はない。撮影は道路上から、住まいと商いの場であることに配慮して行いたい。

アクセスはJR水戸線結城駅が起点になる。北口を出て北へ、旧市街に向かって徒歩10分ほど。結城市が案内する「見世蔵めぐりコース」は結城駅北口を発着する約3.5キロ、約1時間の道順で、旧黒川米穀店店舗もその途中に組み込まれている。駅にはレンタサイクルもあり、蔵から蔵への移動を短くしたい場合に向く。

コース上には結城酒造や奥順の見世蔵など、同じく国の登録有形文化財となった建物が続く。1棟だけを目的に訪ねるより、通りを歩きながら旧黒川米穀店店舗の大きさを他の店蔵と見比べたほうが、この建物の位置づけがつかみやすい。

Q&A

Q旧黒川米穀店店舗は見学できますか。中に入れますか。
A外観は通りから自由に見学できます。結城市は農産物直売所「あくとの里」として利用されていると案内していますが、内部見学が保証されているわけではありません。入館料や開館時間の設定はなく、内部を見たい場合は事前確認をおすすめします。
Q旧黒川米穀店店舗はどこにありますか。結城駅から歩けますか。
A茨城県結城市大字結城字西の宮町1319-2にあります。JR水戸線結城駅の北口から旧市街へ向かって徒歩10分ほどで、結城市の「見世蔵めぐりコース」の経路上に位置します。
Q旧黒川米穀店店舗はいつ、誰が建てたのですか。
A米穀商の黒川佐吉が明治45年(1912年)に建てました。建設年は棟木に記された墨書から確認されています。大正2年(1913年)の「結城町市街明細図」にも「米雑穀商 黒川佐吉」として名が載っています。
Q旧黒川米穀店店舗はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A平成18年(2006年)10月18日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。結城に残る蔵造りの商家のなかでも規模が大きく、明治末の店構えがまとまって残っている点が評価されています。
Q旧黒川米穀店店舗の見どころはどこですか。
A高く積んだ棟と大きな鬼瓦、高さの違う2つの棟が重なる落ち棟の屋根、2階の軒に3重に重ねた蛇腹、そして袖壁を残してほぼ全面が開く1階の正面です。南と西の2面に回る下屋庇も見逃せません。

基本データ

名称旧黒川米穀店店舗
所在地茨城県結城市大字結城字西の宮町1319-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)10月18日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、建築面積93平方メートル、桁行7間、梁間4間
所有者個人(茨城県教育委員会の公表による)
公開状況外観は通りから見学可。内部見学は保証されない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 旧黒川米穀店店舗
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005732
茨城県教育委員会 いばらきの文化財 旧黒川米穀店店舗
https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-6115/
結城市 登録有形文化財 旧黒川米穀店
https://www.city.yuki.lg.jp/kosodate-kyouiku/shougaigakushuu/bunkazai/bunkazai/tourokuyuukei/page003232.html
結城市 登録有形文化財一覧
https://www.city.yuki.lg.jp/kosodate-kyouiku/shougaigakushuu/bunkazai/bunkazai/tourokuyuukei/page003226.html
結城市 観光モデルコース 見世蔵めぐりコース
https://www.city.yuki.lg.jp/kankou/kankou-model/page000209.html

最終更新日: 2026.09.08