飾りを施した茅屋根の江戸末期の民家
大場家住宅主屋は、茨城県石岡市佐久にある江戸時代末期の木造平屋建の茅葺民家で、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録された。
建てられた年を記す資料は残っておらず、記録は年ではなく幅で示している。1830年から1867年ごろのあいだ、というのがその範囲である。建物は敷地の中央に南を向いて建つ。筑波山地の北麓に広がる八郷盆地の平坦な農地のなかである。入口はぶどう棚が覆っている。棚をくぐると右手に車庫と蔵、コエゴヤ、納屋といった付属屋が並び、前庭をはさんで書院と蔵が向かい合い、その奥に隠居が控える。このうち登録されているのは主屋だけである。
規模は桁行8間、梁間4間半、建築面積157平方メートル。農家としてはかなり大きい。屋根は寄棟造の茅葺で、入口は長辺側にある平入の形をとる。
年代を語るのは骨組みのほうである。間取り、床の間の形式、そして何より差鴨居の使い方が古い作法に従っている。差鴨居は、引戸の上枠と構造材を兼ねる背の高い横材である。のちの大工はこの二つの役目を別々の部材に分けた。ここではまだ一本のままで、その一点が読み取れることが登録の理由の大きな部分を占めている。
大場家住宅主屋が登録された理由
形式上の理由は登録有形文化財の標準的な基準、すなわち国土の歴史的景観に寄与しているものというものである。石岡市の説明はもっと具体的だ。ここで問題になるのは屋根であり、その屋根が筑波流屋根葺きと呼ばれる地域の技法をよく示している点である。
茅葺は普通、面として扱われる。この流派では仕事をする場所として扱われる。大場家住宅主屋の軒先は、トオシモノと呼ばれる束ねた材を4本重ねて軒付けとしており、茅の切り口は厚い一枚の縁ではなく4本の帯として見える。ぐし、すなわち棟は竹の簀で巻かれている。その巻きのうえにシュロの繊維で形を整えた飾りが載る。呼び名は説明する人によって、ちょんまげとも大名ぐしともいう。
屋根の両端には絵が入る。西側では、茅葺職人がたこどめと呼ぶ切り落とし面(キリトビ)に寿の一字が彫り込まれている。東側には竹の小口を茅に差し込んで松竹梅を組んである。冬を越す強さの象徴として日本の意匠が繰り返し使ってきた三種である。これらは雨仕舞いを良くするものではない。数十年ごとに葺き替えなければならない材料で行う装飾であり、葺き替えのたびに同じ手間をかけると決め直していることになる。
平成17年の登録の対象は主屋のみである。同じ敷地の書院、蔵、隠居は登録されていない。屋敷構え全体があってこそ主屋の位置が読めるのだが、制度上の対象は1棟に限られる。ここは博物館ではなく現役の農家であり、届出を基本とする登録の制度はまさにそうした建物のために作られている。
大場家住宅主屋の見どころ
大場家住宅主屋で見るべきものは、すべて目線より上にある。
まず軒先、茅を水平に切りそろえた帯から始める。そこを走る横の線を探してほしい。4本ある。トオシモノ1本につき1本で、偶然そうなっているのではない。桁行8間の正面でこれを平行に通すことがこの仕事の難しさのすべてである。帯を目で追って隅まで行き、線が折れずに向きを変えるところを見る。
次に棟へ目を上げる。竹の巻きが暗い茅の地に淡い肋のように並び、その上にシュロの飾りが座っている。ちょんまげに見えるか、もう少し格式ばったものに見えるかは立つ角度による。呼び名が二つとも残ってきたのはそのせいかもしれない。
そこから西へ回り、屋根の端を正面から見る位置まで歩く。茅に彫られた一字は寿。日本の贈答や祝いに絶えず現れる文字が、草を材料にして彫られている。続いて東の端へ回ると二枚目の意匠があり、竹の小口を茅に差し込んで松竹梅が組まれている。竹で竹を描くというのは、茅葺の職人が昔から好んできた種類の洒落である。
低いところにも二つある。軒は二方でせがいによって壁の外へ押し出されている。せがいは軒先を軸組より遠くまで運ぶ短い腕木で、軒下の影がこれほど深いのはそのためである。そしてすべての手前にぶどう棚がある。石岡のこのあたりは果樹が生業の中心で、棚は飾りではない。家がぶどうを作っているから、家がぶどう棚に縁取られている。
近くには佐久の大杉が立つ。地図ではなく目印で道を辿る人には、この一本が手がかりになる。
大場家住宅主屋の見学方法
大場家住宅主屋は人が住み、農業を営んでいる個人の住宅であり、公開されていない。拝観料も拝観時間もなく、内部の見学もできない。目当ての屋根は、ぶどう棚の外側の公道から見ることができる。棚をくぐったり敷地に入ったりしないでほしい。
道路からの撮影に制限はない。屋根の装飾は敷地境界からいくらか奥まっているので、中望遠のレンズがあると役に立つ。家人や車は画面に入れないようにしたい。
佐久はJR常磐線石岡駅の北西約10キロメートル、八郷盆地のなかにある。タクシーまたは車で約25分。関東鉄道の路線バス林線が石岡駅と柿岡を結んで盆地を横切っており、季節運行の観光周遊バスも駅から出ているが、いずれも本数が少なく、建物1棟に合わせた時刻ではない。大場家住宅主屋へは車が現実的である。見学者用の駐車場はないので、車の場合は道をふさがない安全な場所を選び、農道の出入口を塞がないこと。
瓦葺の建物より季節が効く。葺いたばかりの茅は温かみのある金色で、年を経て灰褐色に変わっていく。前回の葺き替えからの年数によって、屋根は別のものに見える。冬はぶどうの葉が落ち、棚が針金と支柱だけになるので、道から家までいちばん見通しがきく。晩夏には葉が閉じ、大場家住宅主屋は道からほとんど隠れてしまう。
Q&A
- 大場家住宅主屋の内部は見学できますか。
- できません。人が住み農業を営んでいる個人の住宅で、内部公開や拝観の仕組みはありません。見どころである屋根は公道から見ることができます。
- 大場家住宅主屋へはどう行けばよいですか。
- JR常磐線石岡駅からタクシーまたは車で約25分、北西の八郷盆地へ入ります。柿岡方面の路線バスが盆地を横切っていますが本数が少なく、車のほうが現実的です。
- 大場家住宅主屋の屋根は何が特別なのですか。
- 筑波流屋根葺きの技法で仕上げられています。軒付けはトオシモノ4本を重ね、棟は竹の簀で巻いてシュロの飾りを載せ、西の端には寿の文字、東の端には竹の小口による松竹梅が入ります。
- 大場家住宅主屋はいつ建てられたのですか。
- 江戸時代の末期です。建築年を記す資料がないため、文化庁のデータベースは1830年から1867年ごろという幅で示しています。
- 敷地内のほかの建物も大場家住宅主屋と一緒に登録されていますか。
- いいえ。平成17年(2005年)の登録の対象は主屋1棟だけです。書院、蔵、納屋、隠居は同じ屋敷にありますが、登録の対象には含まれていません。
基本情報
| 名称 | 大場家住宅主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県石岡市佐久258-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成17年(2005年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行8間、梁間4間半、建築面積157平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開。公道からの外観見学のみ |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「大場家住宅主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005104
- 石岡市「大場家住宅」(国登録文化財)
- https://www.city.ishioka.lg.jp/kosodate_kyoiku_sports/rekishi_bunka/kunitorokubunkazai/page000879.html
- 石岡市の歴史と記憶「大場家住宅」
- https://www.city.ishioka.lg.jp/rekishitokioku/hitonoikizukai/page001377.html
- 文化遺産オンライン「大場家住宅主屋」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/117984
- 石岡市「路線バス」
- https://www.city.ishioka.lg.jp/shigoto_sangyo_machi/kotsu/kokyokotsu/page006824.html
最終更新日: 2026.09.06