鯨ヶ丘の尾根道に広い間口を開く商家
立川醤油店店舗及び主屋は、茨城県常陸太田市西二町2177にある江戸時代末期の商家建築で、令和3年(2021年)に国の登録有形文化財となった。
一つの敷地に二棟が連なる。通りに東面して店舗が構え、その背後に主屋が接する形である。文化庁は建設年代を江戸末期、西暦1830年から1868年の間とし、構造を木造2階建、瓦葺、建築面積269平方メートルと記録している。
建つ場所は、常陸太田の旧市街を貫く細長い台地である。周囲より38メートルほど高く、馬の背のような形をしているところから、土地では鯨ヶ丘と呼ばれてきた。立川醤油店店舗及び主屋は、太田城址の南、商家の表構えが途切れずに続く一角にある。
立川醤油店店舗及び主屋が登録された理由
登録は令和3年(2021年)2月26日、登録番号08-0314、第98回の登録で、告示も同じ日に出ている。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録解説は理由をそのまま書いている。間口の広い店舗が通りの景観を形成している、というのがそれだ。
商家町において間口の幅は課税の基準であり、だからこそ惜しまれた寸法だった。広い間口を保ち続ける家は、その分の負担を引き受けている。立川醤油店店舗及び主屋の間口は尾根道でも屈指の広さで、両隣の表構えが切れ目なく続くぶん、この一軒が通り全体の拍子を決めている。
立川家は、文禄4年(1595年)に武蔵の地から太田へ移り、佐竹氏に仕えたと伝わる。創業の時期については記述が分かれる。常陸太田市は宝暦年間(1751年から1763年)の創業とし、江戸時代を通じて酒造業が中心で、明治以降に醤油醸造へ移ったと説明する。一方、店の沿革は元禄15年(1702年)ごろに初代次郎左衛門元直が酒と醤油の醸造を始めたとし、酒造りをやめたのは明治15年(1882年)ごろ、酒樽が虫の害を受けたためだとする。公開されている資料の範囲では二つの説を突き合わせられないため、ここでは両論を併記しておく。
見どころ
立川醤油店店舗及び主屋のうち店舗はつし二階建で、1階の上に低い中二階を載せ、屋根は切妻造の桟瓦葺。正面には下屋を通しで回している。1階の南半分は土間で、そこへ板間を張り出して店としている。中に入ったらまずこの割り付けを見てほしい。客の立つ側が土、商品と秤の載る側が板である。
背後の主屋は本格的な2階建で、こちらも切妻造の桟瓦葺。主体部の南と北に下屋が付く。通りから見ると二棟がひと続きの奥行として読め、この敷地が何代にもわたってどう使われてきたかがそのまま形になっている。
記録には食い違いがあり、知っておく価値がある。常陸太田市は、安政6年(1859年)の火災でミセが焼失し、現在の建物はその後に仮普請として建てられたもので、土蔵造りのオモヤは焼け残ったと説明する。文化庁の登録解説は構造を木造・瓦葺とのみ記し、土蔵造には触れていない。どちらも記録として残っている。
店の人は、主屋の柱を指して天狗党の刀傷だと教えてくれる。押し入られた夜の跡だという。天狗党の挙兵は元治元年(1864年)で、常陸北部一帯がその舞台になっているから、傷そのものに年号はなくとも、伝えは時代の中に無理なく収まる。
立川醤油店店舗及び主屋の見学方法
立川醤油店店舗及び主屋は、そのまま歩いて入れる数少ない登録建造物である。醸造業が今も続いているからで、店は、声をかけてもらえれば店構えも奥の母屋も自由に見てよいとしている。営業時間は午前9時30分から午後6時まで、定休日は木曜日。
拝観料はなく、案内のつくツアーもない。奥へ通る前にひと声かけること、そして内部を展示室ではなく、商いに付属した個人の住まいとして扱うこと。通りに面した外観の撮影に制限はないが、内部と柱の刀傷については先に断ってほしい。
常陸太田市は毎年秋に「集中曝涼」を開いている。市内の文化財を虫干しに合わせて週末に一斉公開する催しで、学生ボランティアの解説がつく。立川醤油店店舗及び主屋も鯨ヶ丘の公開場所に名を連ねてきた。日程は毎年、市の文化課から告知される。
徒歩で行ける距離にある。JR水郡線の常陸太田駅から徒歩15分ほど、車なら5分ほどで、道の最後に台地への上りが入る。車の場合は常磐自動車道の日立南太田インターチェンジから15分ほど、那珂インターチェンジから20分ほどである。
Q&A
- 立川醤油店店舗及び主屋の内部は見学できますか?
- できます。店は、声をかけていただければ店構えと奥の母屋を自由に見学できるとしています。博物館ではなく営業中の店舗ですので、まず店頭で一声かけてください。
- 立川醤油店店舗及び主屋の営業時間と定休日は?
- 営業時間は午前9時30分から午後6時まで、定休日は木曜日です。拝観料はかかりません。
- 立川醤油店店舗及び主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか?
- 文化庁は建設年代を江戸末期、西暦1830年から1868年の間としています。国の登録有形文化財となったのは令和3年(2021年)2月26日で、登録番号は08-0314です。
- 立川醤油店店舗及び主屋へ駅からどう行きますか?
- JR水郡線の常陸太田駅から徒歩15分ほど、車では5分ほどです。最後に鯨ヶ丘の台地へ上る短い坂があります。
- 立川醤油店店舗及び主屋の特別公開はありますか?
- 常陸太田市が毎年秋に開く「集中曝涼」があります。市内の文化財を週末に一斉公開し、ボランティアの解説がつく催しで、鯨ヶ丘の公開場所として名を連ねてきました。日程は年ごとに市が告知します。
基本データ
| 名称 | 立川醤油店店舗及び主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県常陸太田市西二町字西二西2177他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和3年(2021年)2月26日登録、登録番号08-0314 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積269平方メートル。建設年代は江戸末期、1830年から1868年の間 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 営業中の店舗として公開。午前9時30分から午後6時まで、木曜定休。拝観料なし。店頭で申し出れば店舗および奥の主屋を見学できる。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「立川醤油店店舗及び主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013677
- 茨城県教育委員会「立川醤油店店舗及び主屋」
- https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/bunkazai/bunkazai-registered-5884/
- 常陸太田市「【集中曝涼】鯨ヶ丘の文化財」
- https://www.city.hitachiota.ibaraki.jp/page/page009084.html
- 常陸太田市「集中曝涼」
- https://www.city.hitachiota.ibaraki.jp/page/page003787.html
- 合名会社立川醤油店「店舗案内」
- https://www.mangoku-soy.com/about/
- 文化遺産オンライン「立川醤油店店舗及び主屋」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/595189
最終更新日: 2026.09.09