金色堂覆堂とは:金色堂を包んでいた木造の鞘堂

金色堂覆堂は、岩手県西磐井郡平泉町平泉の中尊寺境内にある室町時代中期の覆堂で、昭和40年(1965年)に鉄筋コンクリート造の新覆堂ができるまで金色堂を風雪から守り、大正6年(1917年)4月5日に重要文化財に指定された。

覆堂とは、大切な建物をその外側から丸ごと覆って守るための建物をいう。古い記録には「鞘堂」とも書かれ、刀を納める鞘と同じく、中身を傷めないための覆いを意味する。いま「旧覆堂」と呼ばれる金色堂覆堂は、中の金色堂が移されたわけではなく、覆堂のほうが金色堂の前を離れ、境内の北西へ移築されている。

金色堂覆堂は桁行5間・梁間5間の一重の建物で、屋根は宝形造の銅板葺。所有者は金色院で、管理は宗教法人中尊寺が担っている。

金色堂覆堂の来歴と重要文化財としての価値

霧除けから覆堂へ

金色堂は天治元年(1124年)の上棟当初、屋外に建っていた。中尊寺によれば、近年の調査で、建立から50年ほどで簡素な覆屋根がかけられ、何度かの増改築を経て覆堂の形になったと考えられている。文化庁の推薦書案は、奥州藤原氏の滅亡から100年後の正応元年(1288年)に鎌倉幕府が藤原氏への供養を込めて覆堂を造営したとしており、中尊寺もこの年の建立を伝えている。

現在の金色堂覆堂はその後の建て直しで、文化庁の国指定文化財等データベースは室町中期の建物とする。推薦書案も、様式から15世紀ごろの再建とみている。

屋根の葺き替えと移築

金色堂覆堂の屋根は、葺き材が何度も変わっている。推薦書案によれば、明治23年(1890年)に茅葺から桟瓦葺へ、明治30年(1897年)に銅板葺へ、大正5年(1916年)には再び桟瓦葺へ戻された。昭和5年(1930年)から昭和6年(1931年)にかけて全面的な解体修理が行われ、昭和25年(1950年)には積雪を考えて銅板葺に改められた。

転機は金色堂の昭和の大修理だった。昭和38年(1963年)に金色堂覆堂も全解体修理され、老朽化した木造の覆堂が金色堂本体に悪影響を及ぼすおそれがあることから、金色堂はコンクリート造の新覆堂に収められた。金色堂覆堂は、北西へ約90メートル離れた現在の位置に移された。

国内最古とされる覆堂

覆堂は、中の建物を守るために傷みを引き受け、修理や建て替えを繰り返す運命にある。そのため古いものが残りにくい。推薦書案は、金色堂覆堂を現存する国内最古の覆堂とし、繊細な木造建築を風雪から守る伝統的な手法を伝える例として位置づけている。金色堂覆堂が重要文化財として守られている理由は、この希少さにある。

金色堂覆堂の見どころ

柱のない内部

推薦書案によれば、金色堂覆堂は正面を吹き放しとし、内部に柱を立てず、外まわりの側柱だけで屋根を支える。中に金色堂をそっくり収めるための構造で、5間四方の広い空間を柱なしで確保している。正面から中をのぞくと、かつて金色堂が据えられていた空間の大きさがつかめる。

芭蕉が見た薄暗い堂

中尊寺は、松尾芭蕉をはじめとする文人や、伊達政宗、明治天皇らが、薄暗いこの堂内に入って金色堂を拝んだと記している。芭蕉が元禄2年(1689年)に平泉を訪れて詠んだ「五月雨の降り残してや光堂」の光堂は金色堂のことで、芭蕉が目にした金色堂は金色堂覆堂の中にあった。

新旧ふたつの覆堂を見比べる

金色堂はいま、昭和40年(1965年)に建てられた鉄筋コンクリート造の新覆堂の中で、ガラスに囲まれて保存されている。空調で守られた新覆堂を出て、木造の金色堂覆堂の前に立つと、同じ役目を担う建物が600年ほどを隔ててどう変わったかが分かる。宝形造の屋根が一点に集まる外観は、少し離れた位置から眺めるとまとまりよく見える。

金色堂覆堂の拝観方法

金色堂覆堂は拝観券の対象で、金色堂・讃衡蔵・経蔵と共通の1枚で拝観できる。金色堂覆堂だけの拝観券はない。

金色堂覆堂は金色堂の北西にあり、経蔵の近くに建つ。金色堂を拝観したあと、新覆堂を出て北西へ歩くと、移築された旧覆堂の前に出る。金色堂覆堂の内部の撮影について、中尊寺の公式案内には個別の記載がないので、現地の掲示に従ってほしい。拝観時間や境内への行き方は中尊寺のページにまとめてある。

Q&A

Q金色堂覆堂はいつ建てられ、いつ重要文化財に指定されましたか?
A金色堂覆堂は室町時代中期の建物で、15世紀ごろの再建と考えられています。覆堂そのものは正応元年(1288年)に鎌倉幕府が造営したと伝わります。大正6年(1917年)4月5日に重要文化財に指定されました。
Q金色堂覆堂(旧覆堂)と現在の覆堂はどう違いますか?
A金色堂覆堂は木造の旧覆堂で、昭和40年(1965年)に鉄筋コンクリート造の新覆堂ができるまで金色堂を包んでいました。金色堂はいま新覆堂の中でガラスに囲まれて保存されており、旧覆堂は北西へ約90メートル移築されています。
Q金色堂覆堂はなぜ重要文化財なのですか?
A覆堂は中の建物を守るために傷みやすく、古いものが残りにくい建物です。文化庁の推薦書案は金色堂覆堂を現存する国内最古の覆堂とし、繊細な建物を風雪から守る伝統的な手法を伝える例と評価しています。
Q金色堂覆堂を見るには拝観券が必要ですか?
A必要です。金色堂覆堂は金色堂・讃衡蔵・経蔵と共通の拝観券(大人1,000円)で拝観でき、覆堂だけの券はありません。
Q松尾芭蕉が見た金色堂は金色堂覆堂の中にあったのですか?
Aはい。中尊寺は、芭蕉をはじめとする文人や伊達政宗らが薄暗い金色堂覆堂の中に入って金色堂を拝んだと記しています。芭蕉は元禄2年(1689年)に平泉を訪れました。

基本情報

名称金色堂覆堂
所在地岩手県西磐井郡平泉町平泉(中尊寺境内)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年大正6年(1917年)
員数1棟
寸法桁行5間、梁間5間(実寸は文化庁データベースに記載なし)
所有者金色院(管理:宗教法人中尊寺)
公開状況公開(金色堂・讃衡蔵・経蔵と共通の拝観券で拝観。大人1,000円)

参考文献

国指定文化財等データベース「金色堂覆堂」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/110
平泉 世界遺産推薦書(案)(文化審議会資料、文化庁)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/sekaitokubetsu/17/pdf/shiryo_2_4.pdf
平泉の文化財 建造物(平泉町世界遺産推進室)
https://www.town.hiraizumi.iwate.jp/heritage/property/kenzou.html
境内のご案内(関山 中尊寺)
https://www.chusonji.or.jp/around/index.html
参拝のご案内(関山 中尊寺)
https://www.chusonji.or.jp/worship/index.html

最終更新日: 2026.10.05