神奈川県・江戸
Edo神奈川県 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
後陽成天皇の第九皇子で摂政・関白を務めた一条恵観が、京都西賀茂に自ら設計した数寄屋造の茶屋。昭和34年に庭石ごと鎌倉へ移築され、正保頃の皇族建築として現存する重要文化財です。桂離宮や修学院離宮と同時代の朝廷文化を伝えます。
川崎市の日本民家園にある旧伊藤家住宅は、17世紀末〜18世紀初めの名主の農家です。ヒロマの竹簀子の床、正面のシシ窓、床の間も天井もない12畳のデイなど、中層農家の古い姿を残し、民家園誕生のきっかけとなった重要文化財です。
遊行寺の石垣及び築地塀は、惣門の左右に矩折れにのびて門前の広場を区画する。石垣は安山岩切石を高さ約一・九メートルに布積し延石を廻らす。江戸末期の築造で、近世以来の門前の様相を保ち、歴史的景観に寄与するものとして登録された。
国宝「紙本淡彩十宜図」は与謝蕪村が明和8年(1771)に描いた10図の画帖。四季や雨風など移ろう自然の宜しさを約18センチ四方の小画面に写し、池大雅の十便図と対をなす文人画の名品。川端康成旧蔵、川端康成記念会所蔵。
池大雅が明和8年(1771年)に描いた国宝「紙本淡彩十便図」を解説。李漁の詩に基づき山荘暮らしの十の便を表した全10図の画帖で、与謝蕪村筆「十宜図」と対をなす。川端康成旧蔵の来歴や鑑賞の機会も紹介する。
浦上玉堂が墨の濃淡のみで描いた国宝・凍雲篩雪図を解説。六十代末期の作と想定される雪景の名品で、川端康成が生涯愛蔵したことでも知られる。指定の理由、玉堂の生涯、鑑賞の機会、鎌倉・長谷の周辺情報まで紹介する。
東京国立博物館に寄託される国宝「馮子振墨蹟〈画跋〉」は、北宋の画家易元吉の草虫図巻に元の文人馮子振が記した跋文。絵は失われ書のみが残る。切断を戒めた千利休添状が附指定され、横幅約120センチの原形をとどめる。