稲葉家住宅北宝蔵とは
稲葉家住宅北宝蔵(いなばけじゅうたくきたほうぞう)は、京都府京丹後市久美浜町の稲葉家住宅で主屋の東側に廊下でつながる2棟の土蔵のうち北側の蔵で、江戸末期(1830年から1867年)に建てられ、平成15年(2003年)に登録有形文化財となった。土蔵造の2階建で瓦葺、建築面積は12平方メートルある。
稲葉家住宅に登録された4棟のなかでいちばん小さく、長屋門とともに明治の主屋より古い時代にさかのぼる建物である。
曳家で残された江戸の蔵
稲葉家住宅北宝蔵の来歴でいちばん興味深いのは、建てられた場所から動かされていることだ。文化庁の解説によれば、稲葉家に残る古図から、主屋を建てる際にこの蔵が曳家されたことが分かるという。曳家は、建物を解体せずにそのまま引いて別の位置へ移す工法である。
いまの主屋の工事は明治18年(1885年)に始まり、明治23年(1890年)に完成した。屋敷を大きく建て替えるこの機会に、稲葉家は江戸末期の蔵を取り壊さず、新しい主屋の脇へ引いて使い続けた。蔵は壁が厚く重い建物なので、移すにはそれなりの手間がかかったはずである。それでも残したところに、この蔵が家にとってどれほど大事だったかがうかがえる。
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁は、稲葉家住宅北宝蔵が主屋・長屋門・南宝蔵とともに屋敷の景観を形づくっている点を評価している。
小さな蔵の形
規模は桁行2間、梁間1間半ほど。切妻造・桟瓦葺の2階建土蔵で、棟を南北に通した南北棟である。
見どころは、すぐ南に並ぶ南宝蔵との対比にある。南宝蔵は明治に主屋と同時に建てられた東西棟で、建築面積は23平方メートル。稲葉家住宅北宝蔵はその半分ほどの12平方メートルで、棟の向きも直角に違う。同じ廊下につながる2棟の蔵なのに、屋根の線が交差して見えるのはこのためである。
向きのそろわない2棟は、先にあった蔵を生かしながら新しい蔵を足した、建て替えの跡そのものといえる。
稲葉家住宅北宝蔵の見学
運営側は、主屋と廊下でつながる宝蔵で稲葉家を紹介する「稲葉本家展」を常設していると案内している。ただし、北宝蔵と南宝蔵のどちらがどのように使われているかは公式の案内に書かれていない。稲葉家住宅北宝蔵の内部に入れるかどうかは、受付で尋ねるのが確実である。
開館時間や行き方は稲葉家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 稲葉家住宅北宝蔵はいつ建てられたのですか?
- 文化庁のデータベースでは江戸末期(1830年から1867年)とされています。明治23年(1890年)に完成した主屋より古い蔵です。
- 稲葉家住宅北宝蔵は曳家されたというのは本当ですか?
- 文化庁の解説によれば、稲葉家に残る古図から、主屋を建てるときに曳家されたことが分かります。解体せずに位置を移して使い続けた蔵です。
- 稲葉家住宅北宝蔵の大きさはどのくらいですか?
- 桁行2間、梁間1間半ほどの2階建土蔵で、建築面積は12平方メートルです。登録された4棟のなかで最も小さい建物です。
- 稲葉家住宅北宝蔵と南宝蔵はどう違いますか?
- 北宝蔵は江戸末期の南北棟で12平方メートル、南宝蔵は明治に主屋と同時に建てられた東西棟で23平方メートルです。棟の向きが直角に違います。
- 稲葉家住宅北宝蔵の中は見学できますか?
- 主屋と廊下でつながる宝蔵では稲葉本家展が常設されていますが、どちらの蔵を使っているかは公式の案内にありません。受付で確認してください。
基本情報
| 名称 | 稲葉家住宅北宝蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京丹後市久美浜町3102 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)、登録番号26-0145 |
| 指定年 | 平成15年(2003年)1月31日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積12平方メートル |
| 所有者 | 京丹後市 |
| 公開状況 | 宝蔵で稲葉本家展を常設(午前9時から午後4時、水曜日・年末年始休館)。展示に使う蔵は受付で確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 稲葉家住宅北宝蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003113
- 国指定文化財等データベース 稲葉家住宅南宝蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003112
- 館内のご案内(豪商 稲葉本家)
- https://www.inabahonke.com/kannai/
最終更新日: 2026.09.27