境内でただ一つ揃わない建物

宮崎神宮徴古館は、宮崎県宮崎市神宮の宮崎神宮境内で神門の東南、木立のなかに建つ建物で、明治42年(1909年)の竣工、平成22年(2010年)1月に登録有形文化財に登録された。木造2階建、建築面積は約205平方メートル。参道沿いの社殿群とは、ほとんど何も共有していない。

屋根から見ていく。ここで登録されたほかの建造物はすべて銅板葺だが、この建物だけが瓦葺である。形式は寄棟造で、桟瓦葺。しかも妻入で、西正面には小さな切妻屋根を付けて玄関としている。平面は桁行18メートル、梁間11メートル。

次に壁。外壁は全体が海鼠壁で仕上げられる。平らな瓦を貼り、目地を漆喰で盛り上げて白い斜格子を描く技法である。隅と階の境には柱型が造り出され、鉄格子を嵌めた上げ下げ窓が等間隔に並ぶ。文化庁データベースはこれを「独特の意匠になる展示館」と記す。この独特という語は社交辞令ではない。

違いの理由は用途にある。宮崎神宮徴古館は、宮崎神宮の宝物や書籍を陳列し保存する目的で、周囲の社殿が完成した2年後の明治42年(1909年)3月に建てられた。徴古館とは古器物を収める館のことで、この建物は何よりもまず博物館だった。

別の設計者と、のちの改築

登録番号は45-0066。登録は平成22年(2010年)1月15日、告示は同年2月3日で、基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

宮崎市は、宮崎神宮徴古館について、宮崎神宮に残る棟札に工事設計者として佐々木岩次郎の名が見えることを記録している。社殿群に付されている名前とは別人であり、そちらは伊東忠太の仕事である。外観の隔たりの多くはここに由来する。同じ境内のなかで、2年を隔てて、まったく仕事の違う依頼に向き合った二人の設計者がいたということになる。

後日談もある。宮崎神宮自身の沿革は、神武天皇ご即位から二千六百年にあたる昭和15年(1940年)に境内地の拡張が行われ、その事業の一環として徴古館の改築が進められたと述べている。昭和15年の工事が具体的に何を変えたのかは資料に明記がない。今日この建物の現状を読む者は、明治42年の姿がすべての部分で手つかずに残っていると決めてかからず、問いを開いたままにしておくべきだろう。

疑いの余地がないのは、登録の対象が建築面積205平方メートルの木造2階建1棟であり、国の記録がその年代を明治42年(1909年)としていることである。

見どころ

宮崎神宮徴古館ではまず海鼠壁を読みたい。立ち止まるだけの価値がある。盛り上げた白い目地の格子が、2階分の立面を一度も途切れずに走る。一棟でこの仕上げをこれだけ試みるのは、相当に野心的な量である。この種の瓦貼りはもともと蔵のために発達した工法で、木部を火と湿気から守る。それを展示のための建物に用いたということは、中身の価値についての表明でもある。

窓が次に来る。縦に上げ下げする洋風の窓が並び、それぞれに鉄格子が被さる。瓦壁の上、和風の瓦屋根の下に等間隔で置かれることで、明治後期が自分のものにしたあの混成の表情が生まれる。近代的であることと伝統的であることを同じ身ぶりで果たそうとした建物で、この種の試みの多くと違い、ここでは破綻していない。

柱型の2系統にも目を向けたい。ひとつは隅を、もうひとつは階の境を水平に走り、両者が箱に枠を与えている。これがなければ、瓦の面はのっぺりと一枚に見えていたはずである。

最後に立地。木立のなかにあり、主軸から外れているので、見えるのはたいてい葉に半ば遮られた姿と、木洩れ日の斑である。冬、樹冠が薄くなると、参道からその立面全体が一年で初めて見通せるようになる。

宮崎神宮徴古館の見学方法

宮崎神宮徴古館は外観を見る建物である。宮崎神宮が開閉時刻を公表している施設の一覧に徴古館は含まれず、現在、来館者を迎える博物館としては運営されていない。館内は公開されておらず、境内の開いている時間帯に外観を見学することになる。

主参道からは、神門の脇を東南へ入る小径をたどる。木立のなかを少し歩けば着き、到着したとき正面に来るのは切妻の玄関が付く西面である。参拝者を遠ざける柵はないので、瓦の仕事は近くまで寄って確かめられる。

通常の撮影に制限はない。真上からの強い日射しは白い漆喰の目地を飛ばしてしまうので、早朝か明るい曇天のほうが、黒い瓦と盛り上げた目地の分離はよく出る。

境内までの行き方と開閉時刻は宮崎神宮のページにまとめてある。

Q&A

Q宮崎神宮徴古館の中に入ることはできますか
Aできません。来館者向けの博物館としては運営されておらず、宮崎神宮が開閉時刻を公表する施設の一覧にも含まれていません。外観は境内の開いている時間帯に間近で見学できます。
Q宮崎神宮徴古館が社殿群と大きく違って見えるのはなぜですか
A用途も設計者も異なるためです。宮崎市は棟札に佐々木岩次郎の名が見えると記録しており、社殿群を設計した伊東忠太とは別人です。徴古館は参拝の場ではなく宝物の保管と陳列のために建てられました。
Q宮崎神宮徴古館の白黒の壁は何ですか
A海鼠壁です。平らな瓦を壁に貼り、目地の上に漆喰を盛り上げて仕上げます。もとは蔵の工法で、木部を火や湿気から守ります。
Q宮崎神宮徴古館の規模はどれくらいですか
A桁行18メートル、梁間11メートルで、建築面積は約205平方メートルです。木造2階建で、屋根は寄棟造の桟瓦葺です。
Q宮崎神宮徴古館はいつ建てられ、いつ登録されましたか
A周囲の社殿の2年後、明治42年(1909年)3月の建築です。平成22年(2010年)1月15日に登録番号45-0066で登録され、告示は同年2月3日でした。

基本情報

名称宮崎神宮徴古館(登録番号45-0066)
所在地宮崎県宮崎市神宮2-485-1他、宮崎神宮境内
指定区分登録有形文化財(建造物)。登録基準は国土の歴史的景観に寄与しているもの
指定年2010年登録、1909年建築
員数1棟
寸法桁行18メートル、梁間11メートル、建築面積約205平方メートル。木造2階建、瓦葺
所有者文化庁データベースに記載なし。宮崎神宮境内に所在する
公開状況外観は境内の開いている午前5時30分から午後5時30分まで通年、間近で見学可。館内は非公開。拝観料は不要

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 宮崎神宮徴古館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008086
文化遺産オンライン 宮崎神宮徴古館
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/141007
宮崎市 国登録有形文化財
https://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/culture/art/626.html
宮崎神宮 公式サイト 宮﨑神宮の由来
https://miyazakijingu.or.jp/publics/index/18/
宮崎神宮 公式サイト 各所開閉時刻
https://miyazakijingu.or.jp/publics/index/25/

最終更新日: 2026.09.17