湯治客を泊めた明治の2階建

中房温泉本館菊は、長野県安曇野市穂高有明の中房温泉にある明治時代中期の木造2階建の宿泊棟で、平成23年(2011年)7月25日に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は20-0372で、同じ日に登録された中房温泉の7件のうち最初の番号にあたる。

東西に棟を通した切妻造で、屋根は鉄板で葺く。桁行13メートル、梁間5.4メートル、建築面積は123平方メートル。西の妻側には平屋建の浴場が付属する。

登録された7件のうち、客を泊める部屋を持つのは本館菊だけである。部屋で休み、同じ建物の湯殿へ降り、また部屋へ戻る。湯治客の一日の動きが、2階建の本体と平屋の湯殿という組み合わせにそのまま収まっている。

南面を開いた平面と登録の理由

文化庁の解説によれば、各階とも南側に縁を通し、和室を4室配する。南面は全面を開放的な造りとし、1階は床の高さから開く掃き出し、2階は窓とする。日の当たる南へ縁と部屋を並べる構成は、谷あいで日照の限られる山の湯治場に適っている。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、文化庁は中房温泉本館菊を近代の湯治場建築の好例と評価している。凝った意匠で選ばれた建物ではない。湯治という用途に沿った平面の客棟が、建てられた山の中にそのまま残っていることが評価の中心にある。

日本建築史の梅干野成央准教授(信州大学)は、この建物にもう一つの意味を見ている。大正元年(1912年)に中房温泉を訪れた英国人宣教師ウォルター・ウェストンが泊まったのが本館菊であり、近代登山の歴史と結びついた宿の遺構だという。ウェストンはのちの著書で中房温泉に触れ、日本のまだ知られていない土地のなかでも、いずれ指折りの魅力を持つ場所になるだろうと記している。

見どころ:南から縁と窓の列を見る

本館菊の性格がいちばんよく分かるのは南側からである。1階の掃き出しと2階の窓が横に揃い、13メートルの桁行に並ぶ部屋の数を外から数えることができる。部屋と外のあいだに縁側が一枚はさまるので、壁の少ない軽やかな立面になる。

西の妻側へ回ると、平屋の浴場が本体に取り付いているのが見える。2階建の本体と平屋の湯殿で軒の高さが段違いになり、どこまでが客室でどこからが湯かを外観で読み分けられる。

南西には同じ明治期の旧湯会所が建ち、東には板倉、東南には土蔵が寄り添う。本館菊の前で向きを変えるだけで、明治の客棟と江戸末期の倉が同じ視野に入ってくる。

見学の方法

中房温泉本館菊は営業中の温泉宿の敷地内にあり、自由に立ち入れる施設ではない。外観は、中房温泉に宿泊するか、登録文化財のある園地の見学を含む日帰りプランを利用すれば、敷地内から見ることができる。

内部の公開や、現在の客室としての使われ方は公表されていない。部屋の中を見たい場合は、予約の際に中房温泉へ問い合わせるのが確実である。撮影の決まりも示されていないが、西側の浴場まわりでは入浴客への配慮が要る。営業期間や交通手段は中房温泉のページにまとめてある。

Q&A

Q中房温泉本館菊はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースは明治時代中期の建築としています。竣工年を特定する記載は登録資料にありません。
Q中房温泉本館菊にウォルター・ウェストンは泊まったのですか?
A梅干野成央准教授の解説によれば、大正元年(1912年)に中房温泉を訪れたウェストンが宿泊したのが本館菊です。中房温泉の年表にも、同じ年にウェストン夫妻が来湯したと記されています。
Q中房温泉本館菊の中は見学できますか?
A内部の公開は案内されていません。外観は宿泊者と日帰りプランの利用者が敷地内から見られます。部屋を見たい場合は予約時に確認してください。
Q中房温泉本館菊はどのくらいの大きさですか?
A木造2階建で、桁行13メートル、梁間5.4メートル、建築面積123平方メートルです。西側に平屋建の浴場が付いています。
Q中房温泉本館菊はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。南面を開き、各階に縁と和室を並べた構成が、近代の湯治場建築の好例と評価されました。

基本情報

名称中房温泉本館菊(なかぶさおんせんほんかんきく)
所在地長野県安曇野市穂高有明7226他
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号20-0372
指定年平成23年(2011年)7月25日登録
員数1棟
寸法木造2階建、切妻造、鉄板葺、建築面積123平方メートル、桁行13メートル・梁間5.4メートル
所有者中房温泉株式会社
公開状況宿泊者と日帰りプラン利用者が敷地内から外観を見学可。内部の公開は案内なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 中房温泉本館菊
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008685
梅干野成央「中房温泉 近世・近代の山岳文化が織りなす場所」(中房温泉 公式サイト)
https://nakabusa.com/pdf/historyandnature_03.pdf
中房温泉 公式サイト ― 中房温泉の楽しみ方・歴史と自然・日帰りプラン
https://nakabusa.com/

最終更新日: 2026.09.25