長崎県の登録有形文化財
長崎県 · 登録有形文化財
梅ヶ枝酒造貯蔵蔵は佐世保市城間町の酒蔵に建つ大正期の2階建の蔵で、建築面積は141平方メートル。腰高までイギリス積の煉瓦の基礎に木の軸組を立て、1階西端には酒を搾る槽場を置く。7棟のうち唯一の大正の建物で、国の登録有形文化財。
梅ヶ枝酒造瓶詰所は佐世保市城間町の酒蔵で主屋の南に建つ江戸末期の土蔵造2階建で、建築面積125平方メートルの国の登録有形文化財。平屋の南北棟と総2階の東西棟がL字形につながり、土間の1階は今も出荷の作業場として使われる。
梅ヶ谷津稲荷社は平戸市明の川内町の梅ヶ谷津偕楽園の南西に祀られた天保4年(1833年)の石造の祠と明神鳥居。ともに年紀を刻み、藩主松浦熈が定めた平戸島88箇所の第4番札所として親しまれる登録有形文化財。
梅ヶ谷津偕楽園石垣は平戸市明の川内町の平戸藩主別邸で主屋の南に築かれた天保10年(1839年)の石垣。東西55メートルと南北42メートル、計97メートルで、空積や乱積など場所ごとに積み方を変える庭の骨格。
梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段は平戸市明の川内町の平戸藩主別邸に天保10年(1839年)に築かれた来客の通路で、国の登録有形文化財。延長11メートルの石段は下方で主屋へ緩く曲がり、延長6メートルの石塀は上下で積み方を変える。
梅ヶ谷津偕楽園主屋は平戸市明の川内町に建つ天保10年(1839年)の平戸藩主松浦熈の別邸建築。山の高低差を生かして南向きの2階建とし、海側を開いて山側に茶室を配す。竪板張の外観で、資料館として公開されてきた。
雲仙観光ホテルは長崎県雲仙市小浜町雲仙にある昭和10年(1935年)のリゾートホテルで、登録有形文化財。外国人観光客を迎える国策で建てられ、竹中工務店が設計・施工した。1階を溶岩石張り、2階をログハウス風、3階をハーフティンバー風とする。
加藤酒造井戸は島原市有明町大三東の加藤酒造で、主屋の通り庭の奥、敷地のほぼ中央にある明治前期の井戸。地元産の凝灰岩を相欠きで組んだ方1.2メートルの井筒の中は直径1メートル、深さ10メートルの円筒形で、平成20年に登録。
加藤酒造裏土塀は島原市有明町大三東の加藤酒造で主屋の背後から西へ延び、西南の角を隅切りにして北へ折れる明治前期の土塀。石積の上に土塀を立て、延長37メートル、高さ2.4メートル。大正期に改修され、平成20年に登録された。
加藤酒造表土塀は島原市有明町大三東の加藤酒造で門の西から通りに沿い、北西の角で南へ折れる大正期の土塀。切込み矧ぎの石積の上に土塀を載せ、高さは2.4〜3.4メートル、延長16メートル。平成20年に登録された。
加藤酒造店舗兼主屋は島原市有明町大三東の明治前期の町家。下屋を深く下ろした2段の屋根、太さ263ミリの大黒柱、大正期に増築された座敷の座敷飾が見どころで、造形の規範として平成20年に登録有形文化財に登録された。
加藤酒造門は島原市有明町大三東の加藤酒造で店舗兼主屋の西に建つ大正期の一間薬医門。切石礎石に本柱を立てて冠木と男梁を架け、棟を熨斗積の漆喰で固める。間口2.5メートル、平成20年に登録有形文化財となった。
亀岡神社神楽殿は参道に西面して建つ明治13年(1880年)の神楽殿。入母屋造本瓦葺の四方吹放しで背面に後座を設け、懸魚に波と亀の彫刻を施す。10月の平戸くんちには平戸神楽全24番の大大神楽が奉納される。
亀岡神社拝殿は本殿の南に建つ明治13年(1880年)の拝殿。桁行3間・梁間3間の入母屋造本瓦葺で四周に縁を廻し、正面に石階を付ける。内部には合祀した四社のうち三社の扁額が掲げられ、神社の成り立ちを伝える。
亀岡神社弊殿及び登廊は、明治13年建築の拝殿と本殿をつなぐ昭和前期の社殿。幣殿の棹縁天井をヴォールト状に曲げ、登廊には太鼓橋のような起りと欄干を付ける。建築面積9.6㎡の小さな建物で、本殿と併せて独特の形式をもつ。
亀岡神社本殿は、長崎県平戸市の平戸城二の丸跡で境内北端の高い石垣の上に建つ明治13年(1880年)の本殿。切妻造平入の鉄板葺で棟に千木と鰹木を載せ、入母屋造の向拝の木階左右に神像を置く独特の形式をもつ。
観潮橋は長崎県佐世保市の早岐瀬戸、針尾島の東の狭まった場所に架かる昭和29年(1954年)の鋼製トラス橋で、登録有形文化財。平戸八景の一つで急潮で知られる「潮之目」を渡り、戦後長崎の幹線道路を支えた。
長崎県川棚町の片島南側山頂に大正14年(1925年)に建てられた煉瓦造及び鉄筋コンクリート造2階建の観測施設。2階の三角形に突き出した窓から魚雷の雷跡を見届けた。機能を形にした外観が評価され令和6年に登録有形文化財となった。
長崎県川棚町の片島に大正7年頃建てられ昭和14年に嵩上げされた魚雷の整備施設。下部は針尾石の石積み、上部は鉱滓煉瓦で、佐世保海軍工廠に類例のない構成。令和6年に登録有形文化財となり、現在は外観のみ見学できる。
長崎県川棚町の片島で大正7年(1918年)、沖約50メートルに築かれた魚雷発射用の人工島。コンクリート方塊積みの地盤に3階建ての煉瓦の上屋が残り、全国的に希少な軍事遺構として令和6年に登録有形文化財となった。