国宝
National Treasures都道府県、時代、種類別に日本の国宝を閲覧できます。寺院、神社、城、美術館での見どころを分かりやすく解説し、地図や旅行のヒントもご紹介します。
東京・尊経閣文庫に伝わる国宝『類聚国史』四巻は、寛平4年(892年)に菅原道真が宇多天皇の勅命で編んだ205巻の大歴史百科のうち、平安末期に書写された貴重な古写本。祥瑞・地震・仏教法会の記録を収め、失われた『日本後紀』復原と弘仁地震研究に不可欠な第一級史料です。
東京都世田谷区の五島美術館が所蔵する国宝「紙本墨画六祖挟担図」は、中国・南宋時代(13世紀)に描かれた禅画の名品です。画面左下の「直翁」の印で知られるこの一幅は、禅宗第六祖・慧能が『金剛経』の読誦に聴き入る瞬間を、淡墨の中に濃墨を点じる罔両画様式で描き出しています。偃谿黄聞の賛が制作時期を示す貴重な作例で、1952年に国宝指定されました。拝観情報と見どころを詳しく紹介します。
東京・南青山の根津美術館が所蔵する国宝「紙本墨画漁村夕照図〈伝牧谿筆〉」は、13世紀の南宋時代に描かれたとされる水墨画の最高峰。瀟湘八景図の一図で、足利義満の鑑蔵印「道有」を捺す東山御物。夕陽の三条の光と湿潤な大気を墨だけで描き出した、数年に一度しか公開されない幻の名品です。
奈良国立博物館に伝わる国宝《牛皮華鬘》は、京都・東寺旧蔵の平安時代11世紀の仏具。牛皮を透彫し、表裏に彩色と截金を施した団扇形の荘厳具で、迦陵頻伽や宝相華唐草をあらわします。ほぼ原形を留める13枚が一括で伝わり、団扇形の革製華鬘としては日本最古の遺例です。
奈良市の平城宮跡から出土した木簡3,184点は、2017年、木簡として史上初の国宝に指定されました。編纂された史書では知り得ない奈良時代の行政・経済・日常生活を伝える同時代史料として、世界遺産「古都奈良の文化財」構成資産の地下から蘇った古代日本の肉声を、平城宮跡資料館でご体感ください。
鑁阿寺本堂は栃木県足利市家富町にある真言宗の仏堂。弘安10年の落雷で焼損した堂を足利貞氏が正安元年(1299年)に再建した。密教本堂の平面を保ちながら内外に禅宗様の詰組を用い、外来様式の受容を示す遺構として平成25年に国宝指定。
輪王寺大猷院霊廟は、日光山内にある徳川3代将軍家光の霊廟で、承応2年(1653年)を中心に建てられた21棟が重要文化財に、本殿・相の間・拝殿が国宝に指定されている。金と黒を基調とした重厚な造りで知られる。
宇陀市菟田野の宇太水分神社本殿は、第一殿の棟木に元応2年(1320年)の上棟銘が残る国宝3棟。同じ大きさの一間社隅木入春日造が並び、出組の組物や各面の彫刻入り蟇股で飾られる。第二殿の室町期の改修や瑞垣内拝観も紹介。
榮山寺八角堂は奈良県五條市小島町の榮山寺にある奈良時代の八角円堂で、国宝。藤原仲麻呂が亡き父の武智麻呂のため天平宝字4〜8年ごろに建てたと推定され、法隆寺夢殿とともに奈良時代の八角円堂の貴重な遺構。内陣に優れた彩色画が残る。
奈良市忍辱山町の圓成寺本堂の東、石垣の上に並ぶ同形同寸の鎮守社2棟。春日造の最古の遺構とされ、昭和28年(1953年)に国宝に指定された。寺は1228年に春日社の旧社殿を拝領したと伝え、修理の棟札6枚も附として残る。
海竜王寺五重小塔は奈良市法華寺町の海竜王寺にある奈良時代の五重小塔で、国宝。もと西金堂の内に安置され、組物や軒廻りが薬師寺東塔によく似て奈良時代前期の様式をよく保つ。小塔ながら正規の建築的手法により、当時の技法を知る貴重な資料。
元興寺極楽坊五重小塔は高さ約5.5メートル、奈良時代後期の木造五重塔で1952年に国宝指定。三手先の組物や等間の平面を内部まで本格的に造り、法輪館で公開。大塔の10分の1模型説など目的の諸説も紹介する。
元興寺極楽坊禅室は僧坊・東室南階大房の4房分を伝える鎌倉時代前期の建物で、1953年に国宝に指定。板扉と連子窓が4回くり返す正面、南北で大きさの違う窓、古い瓦の残る屋根を解説し、是心会での堂内利用も紹介する。
元興寺極楽坊本堂は寛元2年(1244年)再建、1955年国宝の極楽堂。僧坊3房分を寄棟造・妻入の堂に改め、内陣に奈良時代の部材を残す。東向きの正面、柱に刻まれた1171年の念仏の銘、飛鳥時代の瓦の見方を解説。
金峯山寺二王門は奈良県吉野町吉野山の金峯山寺にある康正2年(1456年)の三間一戸二重門で、国宝。上重・下重とも三手先の組物を組む正規の方式で、中世に少ない腰屋根付きの二重門の代表的な遺構とされる。延文2年の二王像を安置する。
金峯山寺本堂(蔵王堂)は奈良県吉野町吉野山の金峯山寺の山下の本堂で、国宝。天正14年(1586年)の焼失後に再興され、天正19年ごろに本体の工事をほぼ終えた。正面26メートル・総高27.5メートルの全国有数の大建築で、長大な柱が林立する。
興福寺五重塔は奈良市登大路町の興福寺にある応永33年(1426年)の五重塔で、国宝。天平2年の光明皇后の創建以来の火災を経て再建され、総高50メートル余りで現存2番目の高さをもつ純和様の塔。令和15年度までの予定で大規模な保存修理中である。
興福寺三重塔は奈良市登大路町の興福寺にある鎌倉時代前期の三重塔で、国宝。康治2年に皇嘉門院の御願で完成し、治承4年の兵火後まもなく再建された。木割の細い平安時代風の優美な姿で、初重の内部に千体仏を描く珍しい形式をもつ。
興福寺東金堂は奈良市登大路町の興福寺にある応永22年(1415年)再建の金堂で、国宝。神亀3年に聖武天皇が元正天皇の病気平癒を祈って発願した堂で、前面の柱間をすべて吹放ちとする奈良時代以来の構えをもつ、室町時代の和様の代表作。
興福寺北円堂は奈良市登大路町の興福寺にある承元4年(1210年)の八角円堂で、国宝。養老5年に藤原不比等の一周忌に建てられた堂の再建で、創建時の平面を保ちつつ鎌倉時代前期の細部を見せ、三軒の軒や六角形断面の地垂木が珍しい。