長徳寺鐘楼とは

長徳寺鐘楼(ちょうとくじしょうろう)は、新潟県新発田市大栄町の長徳寺で本堂と山門を結ぶ参道の東側に建つ鐘楼で、明治期(1868年から1912年)に建てられ、平成29年(2017年)10月27日に登録有形文化財となった。

基壇の上に立つ木造の瓦葺で、建築面積は10平方メートル。長徳寺の登録5件のなかで最も小さい建物である。向きは南で、参道を歩く人に横顔を見せ、本堂の側へ正面を向けている。

長徳寺鐘楼の年代をめぐる2つの記載

長徳寺鐘楼の建築年代について、文化庁のデータベースは明治期とし、登録時の文化庁の資料も「M期」と記している。一方、新発田市の文化財一覧はこれを昭和前期としている。

ここでは文化庁の記載を基準とした。どちらの根拠によるものかは公開資料からは判断できないため、長徳寺鐘楼の年代については今後の調査で改められる可能性がある。

柱と横材の組み方

長徳寺鐘楼の柱は、石造の礎盤の上に立つ角柱で、角を几帳面取りと呼ばれる段のある面取りで仕上げている。柱どうしは下の腰貫と、上の虹梁型の頭貫で固められ、その上に台輪を廻す。

柱の上の組物と組物のあいだ、中備には蟇股を置き、内部には格天井を張る。建築面積10平方メートルの小さな建物だが、部材の構成は本格的な堂の造りにならっている。

参道側だけを飾る彫刻

長徳寺鐘楼でいちばん面白いのは、彫刻の配り方である。虹梁に施した絵様のうち、波や菊を彫り込んでいるのは参道に面した側だけで、ほかの面はそこまで手をかけていない。

屋根は入母屋造で、妻飾には波形の彫刻をあしらった拝懸魚(おがみげぎょ)を下げる。文化庁の解説は、こうした意匠を正面性を重視したものと評している。本堂が正面だけに出組と龍の尾垂木を集めたのと同じ考え方が、小さな鐘楼にも表れている。

長徳寺鐘楼は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録された。登録番号は15-463である。

長徳寺鐘楼の見学

長徳寺鐘楼は参道のすぐ脇にあり、境内に入れば外観を自由に見られる。虹梁の波と菊の彫刻は参道の側から、拝懸魚は妻側に回ると確かめやすい。参道の側と反対の側を見比べると、彫刻の有無がよくわかる。

鐘を撞けるかどうか、除夜の鐘などの行事があるかどうかについて、寺の案内は見当たらない。気になる場合は長徳寺に問い合わせたい。境内への行き方は長徳寺のページにまとめた。

Q&A

Q長徳寺鐘楼はいつ建てられましたか。
A文化庁のデータベースでは明治期(1868年から1912年)です。新発田市の文化財一覧は昭和前期としており、記載が分かれています。
Q長徳寺鐘楼はどこにありますか。
A本堂と山門を結ぶ参道の東側に、南を向いて建っています。
Q長徳寺鐘楼の見どころは何ですか。
A参道側の虹梁だけに彫られた波と菊の絵様と、入母屋造の妻に下がる波形彫刻の拝懸魚です。
Q長徳寺鐘楼はどのような構造ですか。
A基壇上の石造礎盤に几帳面取の角柱を立て、腰貫と虹梁型頭貫で固め、台輪を廻して中備に蟇股を置き、格天井を張っています。
Q長徳寺鐘楼の鐘は撞けますか。
A鐘を撞けるかどうかの案内はありません。長徳寺(電話0254-22-6226)に問い合わせてください。

基本データ

名称長徳寺鐘楼(ちょうとくじしょうろう)
所在地新潟県新発田市大栄町2丁目甲1203
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 15-463
指定年平成29年(2017年)10月27日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積10平方メートル
所有者宗教法人長徳寺
公開状況外観は境内から見学可

参考文献

国指定文化財等データベース 長徳寺鐘楼(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011921
文化遺産オンライン 長徳寺鐘楼
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/245708
登録有形文化財(建造物)の登録について(文化庁、平成29年7月21日)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/r1392281_22.pdf
新発田市の指定文化財一覧(新発田市)
https://www.city.shibata.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/026/451/r6-18-25.pdf

最終更新日: 2026.09.28