保阪家住宅道具蔵とは

保阪家住宅道具蔵は、新潟県上越市大字戸野目にある文政9年(1826年)建築の土蔵で、明治42年(1909年)に現在地へ移築され、令和6年(2024年)3月6日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「ほさかけじゅうたくどうぐぐら」、登録番号は15-0590である。

土蔵造の2階建で瓦葺、建築面積は178平方メートル。保阪家住宅の主屋の北に建つ家財蔵で、平成20年(2008年)に改修を受けている。

保阪家住宅道具蔵が登録された理由

保阪家住宅道具蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁は、大型で重厚な外観をもつ土蔵としてこの建物を評価している。

保阪家住宅の登録建物のうち、江戸時代にさかのぼるのはこの道具蔵だけで、ほかの4件より80年以上古い。現在地へ移されたのは明治42年(1909年)で、離れが建った年と重なる。屋敷が火災に遭った直後の時期にあたり、再建の一環として据え直された蔵とみられるが、移築前にどこに建っていたかを記した資料は見当たらない。

2棟の土蔵をひとつの置屋根で覆う造り

保阪家住宅道具蔵の構えでまず目を引くのは、切妻造・妻入の土蔵2棟を横に並べ、その上に桟瓦葺の置屋根を一体に架けている点である。2棟の蔵がひと続きの屋根の下に収まるため、外から見ると1棟の大きな蔵のような量感がある。

外壁は漆喰塗で白く仕上げ、腰には下見板張の板を張る。南面に戸口を開け、そこに下屋を差し掛けている。内部は2棟とも各階1室で、1階と2階を合わせると4室になる。どの部屋も中央に独立柱を2本ずつ立てて、上の床や小屋を支えている。

漆喰の白と腰板の対比は、戸口のある南面の前に立つと分かりやすい。並んだ2つの妻が1枚の屋根の下に収まる姿も、この位置から確かめられる。

保阪家住宅道具蔵の見学

所有者の案内によると、保阪家住宅道具蔵には保阪家に伝わる骨董や古文書が納められており、伊万里などの所蔵品が展示されている。令和5年(2023年)7月3日から5日には「庭園散策と温室・道具蔵 特別公開」が開かれ、午前10時から午後4時まで、維持協力金800円で道具蔵が公開された。

ふだんは非公開で、春と秋の上越名家一斉公開で屋敷が開かれる日も、道具蔵の内部に入れるかどうかは回ごとの案内を確かめる必要がある。屋敷への行き方と公開日程は、保阪家住宅(上越市)のページにまとめてある。

Q&A

Q保阪家住宅道具蔵の中は見学できますか?
A保阪家住宅道具蔵は通常非公開です。令和5年(2023年)7月には温室とあわせた特別公開が開かれ、所蔵の伊万里などが展示されました。春秋の上越名家一斉公開で内部に入れるかは、回ごとの案内を確認してください。
Q保阪家住宅道具蔵はいつ建てられたのですか?
A文政9年(1826年)の建築で、明治42年(1909年)に現在地へ移築されました。平成20年(2008年)に改修されています。保阪家住宅の登録建物のなかで最も古い建物です。
Q保阪家住宅道具蔵の屋根はどうなっていますか?
A切妻造・妻入の土蔵2棟を並べ、その上に桟瓦葺の置屋根を一体に架けています。そのため外からは1棟の大きな蔵のように見えます。
Q保阪家住宅道具蔵の内部はどんな造りですか?
A2棟とも各階1室で、合わせて4室です。各部屋の中央には独立柱が2本ずつ立っています。
Q保阪家住宅道具蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A大型で重厚な外観の土蔵として、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で令和6年(2024年)3月6日に登録されました。登録番号は15-0590です。

基本情報

名称保阪家住宅道具蔵
所在地新潟県上越市大字戸野目字寺畑489-1他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和6年(2024年)3月6日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積178㎡
所有者個人
公開状況通常非公開(特別公開時などに公開)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「保阪家住宅道具蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014786
文化遺産オンライン「保阪家住宅道具蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/530934
上越市「上越市の登録有形文化財(建造物)一覧」(PDF)
https://www.city.joetsu.niigata.jp/uploaded/attachment/273003.pdf
保阪邸(トップページ・イベント情報)
https://hosakatei.ehoh.net/
保阪邸「お屋敷ガイド」
https://hosakatei.ehoh.net/guide.html

最終更新日: 2026.10.21