慈光寺庫裏とは

慈光寺庫裏は、新潟県五泉市蛭野の慈光寺にある宝暦9年(1759年)建築の庫裏で、平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財に登録された。

庫裏は寺の台所と住職の住まいを兼ねる建物である。慈光寺庫裏は本堂の南西隅に接続し、北を向いて建つ。桁行26.7メートル、梁間14.1メートル、建築面積374平方メートルで、慈光寺の登録建物の中では本堂に次ぐ大きさをもつ。屋根は入母屋造の銅板葺で、昭和62年(1987年)に改修されている。

登録の理由―火災後いちばんに建った大型の庫裏

宝暦5年(1755年)の火災のあと、慈光寺の本境内で最初に完成したのが慈光寺庫裏である。本堂の完成は4年後の宝暦13年(1763年)で、寺はまず台所と住まいを立て直してから本堂に取りかかったことになる。

文化庁は慈光寺庫裏を、江戸後期の曹洞宗寺院の伽藍構成を伝える大型の庫裏と評価している。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

間取りは、上手にあたる本堂側に丈室や書院を置き、下手に韋駄天内陣、土間、典座寮などを配する。丈室は住職の居室、典座寮は修行僧の食事をつかさどる役僧である典座の寮、韋駄天は禅寺で台所の守り神として祀られる護法神である。正面の側には土縁を設ける。本堂に近い側に住職の部屋、離れた側に台所まわりという並びが、1棟の中に収まっている。

慈光寺庫裏の見どころ

本堂に向かって右手(南)に構えるのが慈光寺庫裏である。北を向く正面は前庭に面しており、禅堂及び衆寮と向かい合う位置関係になる。

正面の土縁に注目したい。土縁は、縁の部分に床を張らず土のままとした縁で、屋内と屋外の中間にあたる。慈光寺庫裏では、この土縁が正面の側に設けられている。

本堂とのつなぎ目も見ておきたい。本堂の南西隅と慈光寺庫裏が接続していることで、住職の丈室は本堂のすぐ脇に置かれている。

慈光寺庫裏の見学方法

五泉市は慈光寺の建物を外観のみ公開としている。慈光寺庫裏には丈室や書院など寺の日常の場が含まれるため、案内がない限り中には入らず、前庭から外観を見るようにしたい。

坐禅・写経体験の申し込みや拝観についての問い合わせは、慈光寺(電話0250-58-4000)が窓口になる。

Q&A

Q慈光寺庫裏はいつ建てられましたか?
A宝暦9年(1759年)です。宝暦5年(1755年)の火災後、本境内で最初に完成した建物で、本堂(宝暦13年・1763年)より4年早く建ちました。
Q慈光寺庫裏とはどんな建物ですか?
A寺の台所と住職の住まいを兼ねる庫裏で、本堂側に丈室や書院、反対側に韋駄天内陣や土間、典座寮を配しています。
Q慈光寺庫裏の「典座寮」とは何ですか?
A修行僧の食事をつかさどる役僧である典座の寮です。慈光寺庫裏では下手の台所側に置かれています。
Q慈光寺庫裏の大きさは?
A桁行26.7メートル、梁間14.1メートル、建築面積374平方メートルで、慈光寺の登録建物では本堂に次ぐ大きさです。
Q慈光寺庫裏は見学できますか?
A五泉市は外観のみの公開としています。寺の日常の場が含まれるため、案内がない限り前庭から外観を見るようにしてください。

基本情報

名称慈光寺庫裏
所在地新潟県五泉市蛭野870
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成24年(2012年)2月23日登録
員数1棟
寸法桁行26.7メートル、梁間14.1メートル、建築面積374平方メートル
所有者宗教法人慈光寺
公開状況外観のみ公開(五泉市による)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「慈光寺庫裏」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009140
文化遺産オンライン「慈光寺庫裏」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/243613
五泉市「慈光寺」
https://www.city.gosen.lg.jp/organization/21/7/1/1/1870.html
五泉市観光協会「滝谷 慈光寺」
https://gosen-kankou.niigata.jp/spot/223/

最終更新日: 2026.09.19