慈光寺山門とは
慈光寺山門は、新潟県五泉市蛭野の慈光寺の伽藍正面に建つ天明5年(1785年)の八脚門で、平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財に登録された。
慈光寺山門は伽藍の西正面の中央に立ち、南北の両側に回廊が取り付く。形式は三間一戸八脚門で、間口は5.8メートル。屋根は切妻造の桟瓦葺である。宝暦5年(1755年)の火災からちょうど30年後、宝暦13年(1763年)の本堂より22年遅れての建築になる。
三間一戸は、正面の柱間が3つあり、中央の1間だけを通路とする門をいう。八脚門は、門の中心線に並ぶ本柱4本の前後に控柱を4本ずつ、計8本立てる形式である。慈光寺山門では、通路の左右の間に四天王像を祀っている。
登録の理由―素木の境内に立つ赤い門
文化庁の解説によると、慈光寺山門の軸部は禅宗様を基調とし、組物は三斗で、柱間の中備には蟇股を置く。切妻の妻飾は、2段に重ねた虹梁に蟇股を組み合わせた二重虹梁蟇股である。
解説がとくに記しているのは色である。木部は赤色に塗られ、素木造を基本とする慈光寺の境内において、慈光寺山門は周囲と異なる印象を与えている。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。
伽藍の入口に立つ門が赤く塗られているため、杉並木の参道から石段を上がると、慈光寺山門が目に入りやすい。赤く塗った理由を示す資料は確認できなかった。
慈光寺山門の見どころ
石段を上がりきった位置から、まず慈光寺山門を正面に見て、通路の左右に祀られた四天王像を確かめたい。四天王は仏法と寺を守る4体の護法神で、山門では左右に2体ずつ置かれることが多い。
次に門の斜め前へ移り、切妻の妻側を見上げる。二重虹梁蟇股の妻飾は正面からは見えない。慈光寺山門の両側面は後ろ寄りの間に回廊が取り付いているため、妻側をすっきり見るなら前寄りの位置に立つのがよい。
柱の上の三斗と、柱と柱のあいだに置かれた蟇股は、正面からでも近づけば見分けられる。
慈光寺山門の見学方法
慈光寺山門は石段を上がった正面にあり、外観は境内の拝観時間内に見学できる。五泉市は慈光寺の建物を外観のみ公開としている。
四天王像の撮影について寺の案内は確認できなかった。像にカメラを向ける前に、慈光寺(電話0250-58-4000)か境内の寺の人に確かめると安心である。
Q&A
- 慈光寺山門はいつ建てられましたか?
- 天明5年(1785年)です。宝暦5年(1755年)の火災後の再建の一つで、本堂より22年あとの建築です。
- 慈光寺山門はなぜ赤いのですか?
- 赤く塗られた理由を示す資料は確認できませんでした。文化庁は、素木造を基本とする境内の中で慈光寺山門が異なる印象を与えていると記しています。
- 慈光寺山門の四天王像は見られますか?
- 四天王像は門の通路の左右の間に祀られており、門の正面側から見ることができます。
- 慈光寺山門の「八脚門」とはどんな形式ですか?
- 本柱4本の前後に控柱を4本ずつ、計8本立てる門の形式です。慈光寺山門は正面3間のうち中央1間を通路とする三間一戸八脚門です。
- 慈光寺山門は文化財に登録されていますか?
- 平成24年(2012年)2月23日に登録有形文化財(建造物)に登録されています。
基本情報
| 名称 | 慈光寺山門 |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県五泉市蛭野870 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成24年(2012年)2月23日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 間口5.8メートル |
| 所有者 | 宗教法人慈光寺 |
| 公開状況 | 外観のみ公開(五泉市による) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「慈光寺山門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009141
- 文化遺産オンライン「慈光寺山門」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/176584
- 五泉市「慈光寺」
- https://www.city.gosen.lg.jp/organization/21/7/1/1/1870.html
- 五泉市観光協会「滝谷 慈光寺」
- https://gosen-kankou.niigata.jp/spot/223/
最終更新日: 2026.09.19