久金属工業技術室 ― 移転の年に建った事務所兼住宅

久金属工業技術室は、大阪府大阪市西成区北津守にある瓶キャップ製造会社の本社工場の北側、東門の脇に建つ木造2階建の建物で、工場が現在地へ移った昭和9年(1934年)に建てられ、令和3年(2021年)2月4日に登録有形文化財となった。

建築面積は71平方メートル。屋根は入母屋造桟瓦葺で、西面と南面には幅半間の下屋を回している。

もとは工場の事務所と住まいを兼ねた建物だった。1階の入口脇が執務室、北東の隅が応接室で、2階に座敷を置く。いまは1階の元事務所で製品や機械、治具の設計と製図が行われており、技術室という名はこの用途から来ている。

久金属工業技術室が登録された理由

文化庁の解説文は、久金属工業技術室が創業時の様相をよく留めている点を評価している。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

会社が北津守に移ったのは昭和9年7月で、この建物は移転当時のものとされる。会社の説明によれば、当初は正門の横に置かれた工場事務所だった。その正門がいまの東門にあたり、門の内側には守衛室も残る。

事務の部屋と経営者一家の座敷が1棟に収まる間取りは、後に事務所棟や旧社長室が別に建てられる以前の、小さな工場の暮らしぶりを示している。

見どころ ― 格天井の応接室と2階の座敷

1階奥の応接室は天井を格天井に組み、建設当時の照明器具がいまも下がっている。執務室の脇に来客用の一室を設け、そこだけ天井に手をかけたところに、移転したばかりの会社の意気込みがうかがえる。

2階の座敷には神棚と仏壇が備えられている。会社の説明では、2階には創業者が使った和室と、従業員の厚生施設として使われた小部屋がある。

外観では、入母屋の瓦屋根の下に下屋の屋根がもう一段めぐり、町家や住宅に近い落ち着いた構えを見せる。洋風に仕立てた事務所棟とは、同じ敷地にありながら性格がまったく異なる。

久金属工業技術室の見学

久金属工業技術室は、いまも設計担当の仕事場として使われているため、内部はふだん公開されていない。応接室の格天井や2階の座敷を見られるのは、公開行事で案内がある場合に限られる。2024年のイケフェス大阪のガイドツアーでは、急な階段があることが告知されていた。

建物は東門の脇にあり、南へ旧社長室、品質管理室が一列に続く。見学の機会があれば、3棟の屋根と外壁の仕上げの違いを北から順にたどってみるとよい。

Q&A

Q久金属工業技術室はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか?
A工場が現在地に移転した昭和9年(1934年)の建築で、令和3年(2021年)2月4日に登録有形文化財(建造物)として登録されました。
Q久金属工業技術室は、もともと何に使われていた建物ですか?
A工場の事務所と住宅を兼ねた建物でした。1階に執務室と応接室、2階に神棚と仏壇を備えた座敷がありました。
Q久金属工業技術室という名前の由来は何ですか?
A1階の元事務所で、製品や機械、治具の設計・製図を行う技術部門が現在も仕事をしていることによります。
Q久金属工業技術室の応接室にはどんな特徴がありますか?
A天井が格天井に組まれ、建設当時の照明器具が残っています。
Q久金属工業技術室の内部は見学できますか?
Aふだんは公開されていません。公開行事のガイドツアーで案内される場合があり、その際は急な階段に注意が必要です。

基本情報

名称久金属工業技術室
所在地大阪府大阪市西成区北津守3丁目52
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)
員数1棟
寸法建築面積71㎡
所有者合名会社ヒサ・コーポレーション
公開状況通常非公開(公開行事の際に見学できることがある)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)久金属工業技術室
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013602
久金属工業株式会社 本社建造物
https://www.hisakinzoku.co.jp/structure/
久金属工業株式会社 沿革
https://www.hisakinzoku.co.jp/history/
大阪文化財ナビ 久金属工業株式会社
https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/%E4%B9%85%E9%87%91%E5%B1%9E%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE
生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2024 久金属工業株式会社
https://ikenchiku.jp/ikefes2024/program/hisakin/

最終更新日: 2026.09.23