苑路と中庭を分ける、丸太づかいの中門と小さな待合

市川家住宅(旧亀岡家別荘)北中門及び待合は、大阪市住吉区帝塚山西にある大正後期(1919〜1926年)の中門と待合で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は27-0910である。

船場の実業家が構えた別荘(旧亀岡家別荘)の敷地内にあり、表門から主屋の玄関へ向かう苑路と、その北側の中庭とを区切る位置に建つ。北中門は南に向いて建ち、木造で、瓦葺の一部に銅板を用いる。間口は1.2メートル。その西脇に待合が接続する。待合は木造平屋建、瓦葺一部銅板葺で、建築面積はわずか0.8平方メートルである。昭和後期に改修を受けている。

市川家住宅では、表門から玄関までの短い苑路の両側に、北中門と南中門がそれぞれ中庭と南庭への入口として置かれている。北中門及び待合はその北側の一組にあたる。

登録の理由:材料の選び方に凝った数寄屋風のつくり

市川家住宅(旧亀岡家別荘)北中門及び待合は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。

評価の中心は材料の使い方にある。北中門の柱や棟木、桁には、枝の跡が節となって表面に浮き出た出節丸太を用いる。門の上部に渡す冠木にはサクラの皮付き丸太を使い、軒裏には杉皮を張る。製材した角材ではなく、木の形や樹皮をそのまま見せる材料を選ぶのは、数寄屋造の庭まわりに通じる好みである。

門扉は格子戸で、その上部には格狭間の飾りが入る。西脇に続く待合も柱に出節丸太を用い、両脇の壁に下地窓を開けるなど、小さいながら手の込んだつくりになっている。

見どころ:出節丸太、皮付きのサクラ、杉皮の軒裏

市川家住宅の北中門で目を留めたいのは、門を形づくる一本一本の丸太である。出節丸太の柱は、節の凹凸がそのまま表情になっている。冠木のサクラは、横に走る樹皮の模様が特徴で、ほかの材とはっきり見分けがつく。

軒裏には杉皮が張られている。格子戸の上の格狭間は、寺社建築や家具に使われる曲線の飾りで、素朴な丸太の門に一か所だけ端正な意匠を添えている。

待合は建築面積0.8平方メートルという小さな建物で、柱の出節丸太と、壁を塗り残して下地の竹や葦を見せる下地窓が、茶庭の腰掛のような趣をつくる。

見学方法:敷地内にあり公開されていない

市川家住宅(旧亀岡家別荘)北中門及び待合は、個人の住まいの敷地内、表門の内側に建っている。一般公開は行われておらず、拝観時間や拝観料の設定もない。門と待合は苑路と中庭の間にあるため、敷地の外から見ることは難しい。

撮影について公表された決まりは見当たらない。住まいの敷地内への立ち入りはできないので、門の内側をのぞき込むことは控えたい。

Q&A

Q市川家住宅(旧亀岡家別荘)北中門及び待合はいつ造られましたか。
A文化庁のデータベースでは大正後期(1919〜1926年)とされ、昭和後期に改修されています。
Q市川家住宅の北中門及び待合は見学できますか。
A表門の内側、個人の住まいの敷地内にあるため公開されていません。敷地の外から見ることも難しい位置にあります。
Q市川家住宅(旧亀岡家別荘)北中門の特徴は何ですか。
A柱・棟木・桁に出節丸太、冠木にサクラの皮付き丸太、軒裏に杉皮を用いた材料づかいです。格子戸の門扉の上部には格狭間の飾りが入ります。
Q市川家住宅の待合はどのような建物ですか。
A北中門の西脇に接続する木造平屋建の小さな建物で、建築面積は0.8平方メートルです。柱に出節丸太を用い、両脇の壁に下地窓を開けています。
Q市川家住宅の北中門と南中門はどう違いますか。
A北中門は北の中庭との境に建ち、瓦葺一部銅板葺で、西脇に待合が接続します。南中門は南庭への入口で、鉄板葺の腕木門に伏間瓦葺の袖塀が付きます。

基本情報

名称市川家住宅(旧亀岡家別荘)北中門及び待合
所在地大阪府大阪市住吉区帝塚山西4丁目84-1ほか
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和6年(2024年)8月15日登録
員数1棟
寸法中門:木造、瓦葺一部銅板葺、間口1.2メートル/待合:木造平屋建、瓦葺一部銅板葺、建築面積0.8平方メートル
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開(個人の住まいの敷地内)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「市川家住宅(旧亀岡家別荘)北中門及び待合」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015039
国指定文化財等データベース(文化庁)「市川家住宅(旧亀岡家別荘)主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015036

最終更新日: 2026.09.24