上善寺裏門とはどんな門か

上善寺裏門は、大阪府泉佐野市栄町の上善寺の北辺に建つ江戸中期の薬医門で、1661年から1750年の間に建てられ、平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財(建造物)となった。登録番号は27-0506である。

門は庫裏の西にあり、北を向いて孝子越街道に面する。孝子越街道は浜街道とも呼ばれ、泉佐野を起点に海沿いを南へ進み、孝子峠を越えて和歌山へ通じた道である。上善寺裏門は、西向きの表門とは別の道に開く、寺のもう一つの出入口になる。

形式は切妻造の本瓦葺による一間の薬医門で、間口は2.5メートルある。両脇に袖塀を延ばし、東の袖塀には人が身をかがめて通る潜りを開ける。

町並みのなかの重厚な門

上善寺裏門の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、上善寺裏門を旧佐野町場の町並みに建つ重厚な門と評している。

薬医門は、本柱と控柱の上に屋根を架け、棟の位置を本柱の上から前後どちらかにずらした門の形式である。上善寺裏門の本柱は、断面が長方形の五平柱で、控柱は角を面取りした方柱とする。軒は一軒半の繁垂木である。

妻と、本柱をつなぐ冠木の中央には、板を切り抜いた板蟇股を置く。表門のように彫刻で埋め尽くすのではなく、部材の太さと簡素な飾りで格を示す造りで、街道に向けた門としての落ち着きがある。

江戸中期にさかのぼる可能性のある年代幅を持ち、上善寺の登録建造物のなかでは本堂と並んで古い部類に入る。寺の外側の街道景観を支えてきた点が、登録の評価にそのまま表れている。

上善寺裏門の見どころ

街道の側から門の正面に立つと、両脇の袖塀が左右に延び、門と塀が一続きの構えとして道に面しているのが分かる。東側の袖塀に開いた小さな潜りも、この位置から確かめられる。

近づいて本柱を見ると、四角ではなく平たい長方形の断面を持つ五平柱であることが分かる。控柱の角の面取りと比べると、同じ門のなかでも柱の扱いが使い分けられている。

見上げて、冠木の中央に置かれた板蟇股を探したい。飾りはここと妻に限られ、その簡素さが門全体の重さを引き立てている。

上善寺裏門の見学方法

上善寺裏門は街道に面しているため、外側は通りからいつでも見られる。境内側からの見学は、上善寺の参拝時間内に行える。門の扉が開いているかどうかは時間帯によって異なる可能性がある。

門は北を向いているため、外側の正面に直射日光はあまり当たらず、一日を通して影の少ない均一な光で細部を見やすい。撮影の可否について公式な案内は見当たらないが、門は生活道路に面しているので、通行の妨げにならないよう配慮したい。

境内への行き方と参拝時間は、上善寺のページにまとめてある。

Q&A

Q上善寺裏門はいつ建てられましたか?
A江戸中期の建物で、文化庁の国指定文化財等データベースは1661年から1750年の間としています。平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財に登録されました。
Q上善寺裏門はどのような形式の門ですか?
A切妻造本瓦葺の一間薬医門で、間口は2.5メートルです。両脇に袖塀を設け、東の袖塀に潜りを開けています。
Q上善寺裏門はどこにありますか?
A上善寺の庫裏の西にあり、北を向いて孝子越街道(浜街道)に面しています。西向きの表門とは別の道に開く門です。
Q上善寺裏門はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。文化庁の解説は、旧佐野町場の町並みに建つ重厚な門と評しています。
Q上善寺裏門はいつでも見られますか?
A街道に面しているため、外側は通りからいつでも見られます。境内側からの見学は上善寺の参拝時間内に行えます。

基本情報

名称上善寺裏門
所在地大阪府泉佐野市栄町4695-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成20年(2008年)7月8日登録
員数1棟
寸法間口2.5メートル、両脇袖塀付(木造、瓦葺)
所有者宗教法人上善寺
公開状況外側は街道から常時見学可。境内側は参拝時間内に見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 上善寺裏門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007277
文化遺産オンライン 上善寺裏門
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/198269
阪南市 浜(孝子越)街道に沿って
https://www.city.hannan.lg.jp/kakuka/syogai/syogai_s/bunkazai_shokai/hamakaido.html

最終更新日: 2026.09.26