吉田家住宅主屋とは

吉田家住宅主屋は、大阪府大阪市北区豊崎にある大正期(1912〜1925年)の都市住宅で、平成20年(2008年)に国の登録有形文化財に登録された。豊崎長屋の名で知られる吉田家住宅の8棟のうち、敷地の中心に建つ家の母屋にあたる。

木造2階建で、建築面積は116㎡。東西に長い棟に桟瓦葺の屋根を架け、東の端を入母屋造、西の端を切妻造として、両端で妻の形を変えている。吉田家住宅主屋の周りは、北・東・南を長屋が囲み、北西の隅に土蔵が付く。

内部は東西で性格が分かれる。東側はもと奥まで抜ける通り土間で、西側に四間取の居室を並べる。正面には式台を構えた玄関を設け、座敷には床の間や棚などの座敷飾を備える。

吉田家住宅主屋が登録された理由

吉田家住宅の8棟のうち、「造形の規範となっているもの」という基準で登録有形文化財になったのは吉田家住宅主屋だけである。ほかの7棟が町並みへの寄与を理由に登録されたのに対し、主屋は建物の形そのものが手本になると評価された。文化庁の解説は、大正期の都市住宅のかたちをよく留めている点を挙げている。

通り土間で奥まで抜ける実用の構えと、式台玄関や座敷飾りという客を迎える構えが、一つの棟に同居している。路地を挟んで長屋に囲まれながら、敷地の主の住まいとしての格式を備えた造りである。

吉田家住宅主屋の見どころ

吉田家住宅主屋でまず目を留めたいのは屋根である。東の端は入母屋造で、小さな三角の妻の下から屋根が四方へ葺き下ろされる。西の端は切妻造で、妻壁が屋根の下まで平らに立ち上がる。一つの棟で両端の納め方を変えているのは、吉田家住宅主屋の外観の大きな特徴である。

玄関の位置にも注意したい。主屋の前庭を囲う門及び高塀は、吉田家住宅主屋の入口と向き合う場所で塀を一段奥へ引き、潜戸と瓦葺の庇を設けている。塀と玄関が一続きに計画されていることが、この配置から読み取れる。

吉田家住宅主屋の見学

吉田家住宅主屋は住まいとして使われており、内部はふだん公開されていない。外観も前庭を囲う塀の内側にあるため、外から全体を見通すことは難しい。

内部を見られたのは、大阪の長屋を一斉に公開する「オープンナガヤ大阪」の機会である。令和5年(2023年)の催しでは、参加長屋の一覧の最初に「豊崎長屋 主屋」が載った。公開の有無と撮影の決まりは年ごとに異なるので、その年の案内で確かめたい。

Q&A

Q吉田家住宅主屋はいつ建てられたものですか?
A文化庁のデータベースでは大正期(1912〜1925年)とされ、年までは特定されていません。平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財となりました。
Q吉田家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「造形の規範となっているもの」という基準による登録です。大正期の都市住宅の形をよく留めている点が評価されました。吉田家住宅の8棟のうち、この基準で登録されたのは主屋だけです。
Q吉田家住宅主屋の間取りにはどんな特徴がありますか?
A東側がもと通り土間、西側が四間取の居室という構成です。正面に式台玄関を設け、座敷には座敷飾りを備えています。
Q吉田家住宅主屋の屋根はどんな形ですか?
A東西に長い棟の桟瓦葺で、東の端が入母屋造、西の端が切妻造です。両端で妻の形が異なります。
Q吉田家住宅主屋の中は見学できますか?
A住まいとして使われており、通常は公開されていません。「オープンナガヤ大阪」で公開された年があるので、催しの案内を確かめてください。

基本情報

名称吉田家住宅主屋
所在地大阪府大阪市北区豊崎1-47
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成20年(2008年)登録
員数1棟
寸法建築面積116㎡
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況非公開(住宅として使用。オープンナガヤ大阪で公開された年がある)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)吉田家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007248
文化遺産オンライン 吉田家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/191970
大阪公立大学 第13回オープンナガヤ大阪2023
https://www.omu.ac.jp/event/entry-02290.html
大阪市立住まい情報センター「あんじゅ」94号 企画展「大阪の長屋」
https://www.osaka-angenet.jp/ange/ange94/260000604

最終更新日: 2026.10.01