江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
長崎県波佐見町宿郷の今里酒造中蔵は、本蔵の西に並ぶ江戸後期の切妻造2階建の酒蔵。本蔵との間の2間幅の通路を東面の屋根で覆い、二重梁と登り梁を交互に組む。明治12年の大火を免れ、2006年に登録有形文化財となった。
長崎県波佐見町宿郷の今里酒造本蔵は、店舗の土間の北に接して建つ江戸後期の酒蔵。桁行12間梁間6間の切妻造で中央部だけを2階とし、2間ごとの二重梁の間に登り梁を入れる。現存最古と推測され、2006年に登録有形文化財となった。
内野家住宅石段は平戸市の旧武家屋敷地に残る江戸後期の石段。道路から門柱前まで幅3.6m・長さ3.6mの直線10段で、中央に長さ130cmほどの砂岩の切石を2〜3個並べ、両端に自然石を据える。道路から眺められる。
内野家住宅門及び塀は平戸市岩の上町の旧武家屋敷地に残る表構え。道路沿いの石垣上に延長43mの白漆喰塗土塀が続き、大正15年頃に改められたコンクリート造の門柱には丸を4つ縦に並べた飾りが付く。通りから外観を見られる。
梅ヶ枝酒造旧仕込蔵は佐世保市城間町の酒蔵の西南隅に建つ江戸末期の土蔵造平屋で、建築面積264平方メートルは7棟中最大。北西部を2度増築し、間内柱と和小屋をブレースで補強した、醪を仕込んだ中核施設で、国の登録有形文化財。
梅ヶ枝酒造旧むろは佐世保市城間町の酒蔵に建つ江戸末期の建物で、国の登録有形文化財。切妻造の木造建屋の内部に特徴ある積み方の煉瓦造のムロを造る。屋根は西隣の旧仕込蔵と一体に見え、南面に路地のような景観をつくる。
梅ヶ枝酒造住居は佐世保市城間町の酒蔵で主屋の北東に建つ江戸末期の木造平屋で、建築面積は70平方メートル。床の間と棚をもつ8畳と6畳2室の3室に縁と土庇を重ね、南東の庭へ開く離れ風のつくりで、国の登録有形文化財。
梅ヶ枝酒造主屋は佐世保市城間町の酒蔵の中心に建つ安政7年(1860年)の木造平屋で、国の登録有形文化財。片入母屋造の屋根と幅4メートルの下屋をもち、住居兼事務所だった土間は試飲と販売の場として予約なしで入れる。
梅ヶ枝酒造瓶詰所は佐世保市城間町の酒蔵で主屋の南に建つ江戸末期の土蔵造2階建で、建築面積125平方メートルの国の登録有形文化財。平屋の南北棟と総2階の東西棟がL字形につながり、土間の1階は今も出荷の作業場として使われる。
梅ヶ谷津稲荷社は平戸市明の川内町の梅ヶ谷津偕楽園の南西に祀られた天保4年(1833年)の石造の祠と明神鳥居。ともに年紀を刻み、藩主松浦熈が定めた平戸島88箇所の第4番札所として親しまれる登録有形文化財。
梅ヶ谷津偕楽園石垣は平戸市明の川内町の平戸藩主別邸で主屋の南に築かれた天保10年(1839年)の石垣。東西55メートルと南北42メートル、計97メートルで、空積や乱積など場所ごとに積み方を変える庭の骨格。
梅ヶ谷津偕楽園石塀及び石段は平戸市明の川内町の平戸藩主別邸に天保10年(1839年)に築かれた来客の通路で、国の登録有形文化財。延長11メートルの石段は下方で主屋へ緩く曲がり、延長6メートルの石塀は上下で積み方を変える。
梅ヶ谷津偕楽園主屋は平戸市明の川内町に建つ天保10年(1839年)の平戸藩主松浦熈の別邸建築。山の高低差を生かして南向きの2階建とし、海側を開いて山側に茶室を配す。竪板張の外観で、資料館として公開されてきた。
長崎県島原市城内の武家屋敷を囲む小早川家住宅石塀は、江戸後期の石塀。灰色・桃色・青色の島原石の切石を亀甲状に積み、上部に拳大の割石を載せる。高さ1.6メートル内外、総延長98.7メートル。2012年に登録有形文化財となった。
長崎県島原市城内の小早川家住宅門は、江戸時代末期の一間薬医門。桁行2.6メートル、見付0.26メートルの五平材の親柱を控柱と貫で固めた質実な表門で、主屋玄関の正面に開く。2012年に登録有形文化財となり、外観は道路から見られる。
長崎県平戸市の仙禽庫は、江戸末期に建てられ明治前期に現在地へ移された土蔵造2階建で、平成26年に国の登録有形文化財となった。床を高く上げた防湿仕様が、平戸城内の文庫を移したという伝承と符合する。内部は非公開。
長崎県島原市の堤内家住宅門及び石塀は、島原城跡三の丸南東部の通りに面した石造工作物。高さ2.3メートルの門柱と、安山岩を切込み矧ぎで積み総延長20メートルに及ぶ石塀からなる。令和6年に登録有形文化財となり、公道から外観を見学できる。
小松家住宅は長野県塩尻市片丘にある18世紀初めの農家の住宅で、重要文化財。寄棟造・茅葺で東西に庇を付け、何回か増改築されたが最初は11メートルに8メートルほどの規模であった。文化庁は東日本でも屈指の古い家とし、間取りと構造は単純で古い。
真山家住宅は、長野県佐久市望月の中山道望月宿にある問屋兼旅篭だった家の住宅で、昭和48年に重要文化財に指定された。明和3年建築の主屋は街道に面した外観が優れ、宿場建築の発展を知る資料である。
長野県塩尻市片丘に建つ嶋﨑家住宅は、享保年間(1716〜1735年)に建てられた本棟造の最古級の民家。昭和48年に国の重要文化財へ指定された。座敷三部屋を収めるため一室を外へ張り出した平面と、座敷欄間の彫りに見どころがある。