昭和

Shōwa

昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

4,593 件 昭和時代 1926 – 1989
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九州建具木工所倉庫
福岡県 昭和中
九州建具木工所倉庫

九州建具木工所倉庫は福岡県大川市小保にある昭和31年(1956年)の木造2階建の倉庫で、登録有形文化財。筑後川河口の木工所の倉庫で、正面2階に4連の縦長窓を開けてパラペットを立ち上げ、戦後の木工業の繁栄を物語る。

旧林田春次郎家住宅迎賓館
福岡県 昭和前
旧林田春次郎家住宅迎賓館

福岡県田川市新町、主屋の北に建つ昭和9年築の木造2階建。緩い勾配の入母屋屋根を銅板で葺くことから銅御殿と呼ばれる。二階の大広間は折上格天井、東面の広縁から香春岳を望む。造形の規範として平成23年に登録された。

旧三井寺ポンプ所及び変電所
福岡県 昭和前
旧三井寺ポンプ所及び変電所

福岡県久留米市三潴町の水田地帯に建つ旧三井寺ポンプ所及び変電所は、昭和8年築の煉瓦造平屋建の揚水施設。イギリス積の壁に半円アーチ窓が並び、平成20年に国の登録有形文化財となった。西鉄三潴駅から徒歩圏内。

小烏神社神饌所
福岡県 昭和前
小烏神社神饌所

小烏神社神饌所は福岡市中央区警固に建つ昭和4年の建物で、神饌を調える場にあたる。桁行三間、切妻造桟瓦葺で建築面積19.00平方メートル。妻の二重虹梁と鯖の尾が目を引き、令和元年に国の登録有形文化財となった。

小烏神社手水舎
福岡県 昭和前
小烏神社手水舎

小烏神社手水舎は福岡市中央区警固の参道脇に建つ昭和4年の建物。一間四方の切妻造銅板葺で、角柱4本を内転びに立て、中央に昭和四年銘の手水鉢を置く。令和元年に国の登録有形文化財となった。読みはてみずしゃ。

小烏神社天満宮
福岡県 昭和前
小烏神社天満宮

小烏神社天満宮は福岡市中央区警固の境内西隅に建つ昭和4年の小社。花崗岩の基壇に載る一間社流造銅板葺で、建築面積は3.42平方メートルと境内最小ながら造作は丁寧である。令和元年に国の登録有形文化財となった。

小烏神社拝殿及び渡殿
福岡県 昭和前
小烏神社拝殿及び渡殿

小烏神社拝殿及び渡殿は福岡市中央区警固に建つ昭和4年の社殿で、建築面積35.09平方メートルと境内最大。軸部を吹き放って四周に縁を廻し、向拝の蟇股を藤の彫刻で飾る。令和元年に国の登録有形文化財となった。

小烏神社奉献塔
福岡県 昭和前
小烏神社奉献塔

小烏神社奉献塔は福岡市中央区警固の拝殿脇に立つ昭和4年の石塔。高さ6.0メートルで、頂部に銅製の八咫烏を載せ、南面に奉献の文字の浮彫り、背面に寄進者名と日付を刻む。令和元年に国の登録有形文化財となった。

小烏神社本殿
福岡県 昭和前
小烏神社本殿

小烏神社本殿は福岡市中央区警固の境内後方の高台に建つ昭和4年の社殿。三間社流造銅板葺で建築面積19.67平方メートル、向拝廻りに浜床を広く取る。令和元年に国の登録有形文化財となり、瑞垣越しに見学できる。

小烏神社瑞垣
福岡県 昭和前
小烏神社瑞垣

小烏神社瑞垣は福岡市中央区警固の本殿を囲む昭和4年の木造透塀。一辺およそ30尺の方形に本殿を囲み、延長は33.11メートル。連子窓越しに本殿が透けて見えるのが特徴。令和元年に国の登録有形文化財となった。

ジョーキュウ醤油裏座敷
福岡県 昭和前
ジョーキュウ醤油裏座敷

福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油裏座敷は、昭和39年(1964年)まで社長宅だった昭和前期の2階建の座敷。三方をめぐる廊下、付書院風に見せた平書院、台形の地袋と天袋など昭和らしい座敷飾の工夫を紹介する。

多田家住宅石塀
福岡県 昭和前
多田家住宅石塀

福岡県筑前町森山の多田家住宅石塀は昭和8年(1933年)頃の石塀。表門から東西に折れ曲がりにのび、自然石の石垣に布石を伏せ、江戸切りの積石を表門脇で5段、通り沿いで3段に積む。総延長は約48メートル。

多田家住宅隠居屋
福岡県 昭和前
多田家住宅隠居屋

福岡県筑前町森山の多田家住宅隠居屋は昭和8年(1933年)頃の2階建の隠居所。下階は仏間を備えた座敷で仏壇脇に花頭窓、上階は数寄屋風の座敷と書斎。上下の階とも周囲に縁と庇をめぐらせ、ガラス窓を建てる。

多田家住宅器蔵
福岡県 昭和前
多田家住宅器蔵

福岡県筑前町森山の多田家住宅器蔵は昭和8年(1933年)頃の土蔵造2階建。隠居屋の東面と太鼓橋状の渡廊下で結ばれ、客をもてなすための什器類を納めた。漆喰壁に海鼠壁の腰、南面には上下2か所ずつの窓をもつ。

多田家住宅勝手門
福岡県 昭和前
多田家住宅勝手門

福岡県筑前町森山の多田家住宅勝手門は昭和8年(1933年)頃の腕木門で、間口2.0メートル。板戸を両開きに吊り、東側の屋根にこの地方の左桟瓦を葺く。南北の土塀も左桟瓦で、地方色のある屋敷景観をつくる。

多田家住宅北ノ蔵
福岡県 昭和前
多田家住宅北ノ蔵

福岡県筑前町森山の多田家住宅北ノ蔵は昭和8年(1933年)頃の土蔵。隠居屋の裏手に建ち、布石積の基礎の上に漆喰塗の壁を立て、腰は隅の部分だけに瓦を貼る。東面の高窓に銅扉を開き、東隣の弓道場と並んで建つ。

多田家住宅弓道場
福岡県 昭和前
多田家住宅弓道場

福岡県筑前町森山の多田家住宅弓道場は昭和8年(1933年)頃の屋敷内の弓道場。北半を板敷の射場、南に神棚を祀る4畳の控えを置き、三方に庇をめぐらせる。東の正面に向かい合う的場とともに1つの射場をつくる。

多田家住宅材木蔵
福岡県 昭和前
多田家住宅材木蔵

福岡県筑前町森山の多田家住宅材木蔵は昭和8年(1933年)頃の大型の蔵。南半分を土蔵造の材木置場、北半分を木造の薪置場とし、段違いの切妻屋根をかける。漆喰と海鼠壁、中塗の土壁の仕上げが1棟のなかで切り替わる。

多田家住宅倉庫
福岡県 昭和前
多田家住宅倉庫

福岡県筑前町森山の多田家住宅倉庫は昭和8年(1933年)頃の木造2階建。昭和20年(1945年)頃まで使用人の住まいとして使われ、2階の窓に格子を建てる。旧家の暮らしぶりを伝える建物として評価されている。

多田家住宅土塀
福岡県 昭和前
多田家住宅土塀

福岡県筑前町森山の多田家住宅土塀は昭和8年(1933年)頃築造、昭和中期改修の土塀。主屋南東の一郭や北東の附属屋の間を折れ曲がり、総延長106メートル。漆喰壁の腰を杉皮張や簓子下見板張とし、左桟瓦を葺く。