仕込みの蔵と、それに付く通り蔵

まちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵は、滋賀県近江八幡市仲屋町中にある明治前期(1868〜1882年)の土蔵で、令和4年(2022年)2月17日に国の登録有形文化財となった。土蔵造平屋建、瓦葺で、建築面積は100平方メートルある。

南北に棟を通す仕込蔵に、東西棟の通り蔵が東側から取り付いた形で、登録上は2つを合わせて1棟と数える。位置は麹蔵の北、北仕込蔵の南にあたる。仕込蔵は、酒母に麹と蒸米と水を何度かに分けて加え、もろみを発酵させる本仕込みの場であった。

伝統の土蔵として登録された理由

文化庁の答申は、南仕込蔵及び通り蔵と北仕込蔵をともに仕込み作業に使った建物としたうえで、南仕込蔵を「伝統的な土蔵造」、北仕込蔵を近代的な建物と書き分けている。旧西勝酒造は、同じ仕込みの工程に明治の土蔵と昭和の蔵を並べて使っていたことになる。

答申はこの対比を酒造量の増加を示すものと読んでいる。まちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵は、その比較の基準となる古いほうの蔵である。登録の基準はほかの棟と同じ「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、文化遺産オンラインは酒造工程を示す土蔵と位置づける。

独立柱が支える土間

仕込蔵は切妻造の妻入、通り蔵は切妻造の平入で、屋根はともに瓦葺。外壁は軒裏まで漆喰で塗り込める。棟の向きが直角に交わるため、屋根の重なりに変化がある。

仕込蔵の内部は一室の土間で、中央に独立柱を1本立て、棟木の下の太い梁(地棟)を支えている。仕込みの桶を並べるための広い床と、それを覆う大屋根を、1本の柱で成り立たせる造りである。北仕込蔵が小屋組にトラスを使って柱のない空間をつくったのと比べると、同じ目的に対する時代ごとの答えの違いがよく分かる。

通り蔵という名前について、答申も文化遺産オンラインも用途を説明していない。名前からは通路を兼ねた蔵とも読めるが、確かなことは分からない。

まちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵を見るには

外観は敷地内の小径から見られる。漆喰の壁が軒裏まで回る様子と、北隣の北仕込蔵のモルタル壁を見比べるのがよい。内部の公開について、まちや倶楽部からの告知は見当たらない。

撮影について公式な告知はない。敷地への行き方は、まちや倶楽部(旧西勝酒造)のページにまとめた。情報は2026年9月25日時点のもの。

Q&A

Qまちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵は見学できますか。
A外観は敷地内の小径から見られます。内部の公開については告知されていません。
Qまちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵はいつ建てられましたか。
A文化庁は明治前期(1868〜1882年)としています。令和4年(2022年)2月17日に登録有形文化財となりました。
Qまちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵はなぜ2つの名前を持つのですか。
A南北棟の仕込蔵に東西棟の通り蔵が付いた形で、登録上は2つを合わせて1棟と数えているためです。
Qまちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵の内部の特徴は何ですか。
A仕込蔵の内部は一室の土間で、中央に立つ1本の独立柱が棟下の太い梁(地棟)を支えています。
Qまちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵と北仕込蔵はどう違いますか。
A南仕込蔵は明治前期の伝統的な土蔵造、北仕込蔵は昭和34年(1959年)の鉄筋コンクリート造と木造の混構造で、モルタル仕上げにトラスの小屋組を用いた近代的な蔵です。

基本データ

名称まちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵
所在地滋賀県近江八幡市仲屋町中15-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和4年(2022年)2月17日登録
員数1棟
寸法建築面積100平方メートル
所有者文化庁の公開情報に記載なし
公開状況外観は敷地内の小径から見学可。内部の公開は告知されていない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース まちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014179
文化遺産オンライン まちや倶楽部(旧西勝酒蔵)南仕込蔵及び通り蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/598819
文化庁 令和3年(2021年)11月19日 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)について
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93601801_02.pdf

最終更新日: 2026.09.24