国際基督教大学泰山荘高風居とは

国際基督教大学泰山荘高風居は、東京都三鷹市大沢の国際基督教大学構内にある茅葺の草庵風建築で、明治19年(1886年)に松浦武四郎が建てた書斎「一畳敷」を取り込んで大正14年(1925年)に建てられ、昭和11年(1936年)頃に現在地へ移築された茶室であり、平成11年(1999年)に登録有形文化財に登録された。

読みは「こうふうきょ」。泰山荘の6棟のうち、文化庁の解説が別荘の核となる建築と位置づけるのがこの建物で、茶会では本席として使われた。木造平屋建、入母屋造の茅葺で、建築面積は39平方メートル。内部には土間、3畳の水屋、6畳の茶室が一列に並び、その脇に差し掛けの形で一畳敷が取り付く。

一畳敷は、その名のとおり畳1枚を中心にした書斎である。畳のまわりに板を廻らせ、床の間、神棚、書棚をしつらえる。自立した建物ではない。大きな建物に掛けた庇の下を囲って小室にしたもので、現在は高風居が一畳敷を支える形になっている。

一畳敷と高風居の来歴

松浦武四郎(1818〜1888)は、幕末に蝦夷地を踏査し、「北海道の名付け親」として知られる人物である。古希を迎えるにあたり、晩年を過ごす場として構想したのがこの書斎だった。旅先で知り合った人々に手紙を送り、各地の社寺などに伝わる古材を数年がかりで集め、明治19年(1886年)に神田五軒町の自邸へ一畳敷を増築した。

組み込まれた木片は約90点にのぼり、古いものは白鳳時代の由緒を持つとされる。武四郎が明治20年(1887年)に刊行した『木片勧進』には、知友66人から寄せられた89点の古材について、それぞれの由来と使った位置が記されているという。

武四郎の没後、一畳敷は紀州徳川家の当主徳川頼倫(1872〜1925)の手に渡った。明治41年(1908年)に麻布飯倉町の徳川邸内にあった私設図書館、南葵文庫の裏庭へ移され、大正13年(1924年)には徳川邸とともに代々木上原へ移る。大正14年(1925年)、頼倫が同じく古材を集めて茶室と水屋を備えた高風居が建てられ、一畳敷はその一角に収まった。

頼倫が亡くなると、泰山荘を造営していた山田敬亮が高風居を買い取り、昭和11年(1936年)頃に三鷹の現在地へ運んだ。所有者はその後、中島飛行機、戦後は国際基督教大学へと替わる。関東大震災と東京大空襲を生き延びた建物だが、武四郎自身は遺骸を一畳敷の材で焼くよう遺言していたと伝わる。その遺言は果たされなかった。

一畳敷が大学構内に残っていることが確かめられたのは昭和38年(1963年)で、武四郎の研究者吉田武三によるものとされる。昭和54年(1979年)から翌年にかけて、高風居と一畳敷の修復が行われている。

登録の理由と価値

国際基督教大学泰山荘高風居は、平成11年(1999年)10月14日に登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は13-0057、登録基準は「再現することが容易でないもの」である。

この基準が当てはまるのは、部材そのものに来歴があるからだ。一畳敷は、どの柱や板がどこの社寺から来たかを武四郎自身の記録でたどれる、ほかに例の少ない建物である。高風居もまた頼倫が集めた古材で組まれており、同じ材料をそろえて建て直すことはできない。明治の好古家と大正の旧大名家当主という2人の収集家の手を経た空間が、1棟にまとまっている。

移築を重ねた経緯も価値の一部である。一畳敷は神田から麻布、代々木上原を経て三鷹へと、所有者を替えながら3回場所を移した。内部を見学した研究者の記録によれば、建物の向きは当初から時計回りに90度回っており、現在の東が当初の北にあたるという。

見どころ

見学できるのは外観である。茅葺の入母屋屋根が崖の斜面に低く構え、雑木林のなかでは大名家の茶室というより農家に近い姿に見える。高風居は泰山荘のほかの建物から離れた、崖を下った斜面の途中にある。小径を降りていくと、一畳敷が高風居に寄り添うように取り付いているのが分かる。一畳敷の側には縁が無く、短い土庇が出るだけである。

内部の様子は、研究者の見学記が手がかりになる。一畳敷の畳の四周には幅15センチほどの板が回り、実際の広さは1畳半ほどあるという。床の間脇の小窓の枠は興福寺書院の板で、好古家の蜷川式胤が寄せたもの、廊下からの出入口の鴨居は東福寺仏殿の古材と記録されている。水屋の天袋の小襖には、武四郎が刊行した収集品の図録『撥雲餘興』が貼られているという。

部材の由来をさらに知りたい場合は、大学博物館の刊行物、なかでもヘンリー・スミス氏による日英併記の『泰山荘 松浦武四郎の一畳敷の世界』(1993年)が詳しい。

見学方法

国際基督教大学泰山荘高風居は、泰山荘の6棟のなかでも見学の条件がもっとも厳しい。内部は非公開で、一畳敷の中に入ることはできない。外観を見られるのは、年に一度の特別公開日に行われる予約制ツアーの参加者に限られ、特別公開日の自由見学の対象にも入っていない。

ツアーは学生とスタッフの案内で、泰山荘の6棟をすべて外から巡る。高風居は崖の下にあって足場が特に悪いので、歩きやすい靴で臨みたい。苔を傷めないよう、ヒールのある靴は控えるよう求められている。ツアー中の撮影はできない。大学構内への行き方とツアーの申し込み方法は、国際基督教大学泰山荘のページにまとめてある。

Q&A

Q国際基督教大学泰山荘高風居の中に入って一畳敷を見ることはできますか?
Aできない。高風居と一畳敷の内部は非公開である。外観も、年に一度の特別公開日に行われる予約制ツアーの参加者だけが見学できる。
Q国際基督教大学泰山荘高風居と一畳敷はどういう関係ですか?
A一畳敷は松浦武四郎が明治19年(1886年)に自邸へ増築した畳1枚の書斎で、自立できない差し掛けの小室である。大正14年(1925年)に徳川頼倫が茶室と水屋を備えた高風居を建て、一畳敷はその一角に組み込まれた。現在は高風居が一畳敷を支えている。
Q国際基督教大学泰山荘高風居はいつ三鷹に移されたのですか?
A実業家山田敬亮が泰山荘を造営した際に代々木上原の徳川邸から買い取り、昭和11年(1936年)頃に現在地へ移築した。
Q国際基督教大学泰山荘高風居は写真を撮ってもよいですか?
A外観を見られるのは特別公開日の予約制ツアーのみで、ツアー中の撮影は安全上の理由で禁止されている。
Q国際基督教大学泰山荘高風居はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A各地の社寺の古材を集めて組んだ一畳敷と、同じく古材で建てられた高風居は、同じ材料で建て直すことができない。平成11年(1999年)10月14日に「再現することが容易でないもの」として登録された。

基本情報

名称国際基督教大学泰山荘高風居(こくさいきりすときょうだいがくたいざんそうこうふうきょ)
所在地東京都三鷹市大沢3-10-2(国際基督教大学構内)
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成11年(1999年)10月14日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、茅葺、建築面積39平方メートル
所有者学校法人国際基督教大学
公開状況内部非公開。外観は特別公開日の予約制ツアー参加者のみ見学可

参考文献

国際基督教大学泰山荘高風居(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001368
国際基督教大学泰山荘高風居(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/137138
建築物の紹介(国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館)
https://subsites.icu.ac.jp/yuasa_museum/taizanso_web/build.html
なぜ、松浦武四郎の書斎「一畳敷」を大切に保存しているのか?(国際基督教大学)
https://www.icu.ac.jp/about/whyicu/page_55.html
2026年度 泰山荘の特別公開について(国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館)
https://subsites.icu.ac.jp/yuasa_museum/taizanso_web/2026koukai.html
遠足 松浦武四郎旧居「一畳敷」(文化資源学会)
https://bunkashigen.jp/excursion/014.html

最終更新日: 2026.09.24