酒造りより古い、武蔵野の農家の門

石川酒造長屋門は、東京都福生市熊川の石川酒造の敷地に建つ江戸末期(1830〜1867年)の木造平屋建の長屋門で、平成16年(2004年)2月17日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「いしかわしゅぞうながやもん」。

石川酒造長屋門は雑蔵の北、街路から奥まった位置に南を向いて建つ。石川家が熊川で酒造りを始めたのは明治13年(1880年)なので、この門は酒蔵より前の、石川家の屋敷の構えを残す建物である。蔵元は「石川家が造り酒屋を営む以前から(約250年前)のものと言われている」と紹介しているが、文化庁の年代は江戸末期で、両者の示す年代には幅がある。

礎石建の柱と、正面だけの出桁造

屋根は入母屋造の銅板葺で、建築面積は89平方メートル。中央を門口として通り抜けにし、その左右を部屋とする、長屋門の基本どおりの間取りである。

柱は地面に据えた礎石の上に立てる礎石建で、柱を壁の外に見せる真壁造とする。壁は上部を漆喰で仕上げ、腰を板で覆う。軒は正面の側だけを出桁造とし、腕木で持ち出した桁で軒を深く出している。屋根裏の小屋組は、2本の材を合掌形に組んで棟を受ける叉首組である。

叉首組は民家の小屋組として広く使われてきた組み方である。正面の軒だけに手をかけ、側面や背面は簡素に納めるつくりとあわせて、文化庁はこの門に江戸期の武蔵野の農家の面影を読み取っている。

「石川彌八郎」の表札と登録の理由

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は13-0169。石川酒造の6件のなかで、木造の門はこの石川酒造長屋門だけで、ほかの5件はすべて土蔵造である。

門には「石川彌八郎」の表札が掛かる。蔵元によれば、これは石川家の当主が代々襲名してきた名で、現在の社長も18代としてこの名を継いでいる。

石川酒造長屋門の見学

石川酒造長屋門は、予約不要の敷地散策で外から眺められる。蔵元の見学案内にも、散策で巡る建物のひとつとして挙げられている。門の内側へ立ち入れるかどうかの案内は見当たらないので、外から眺めるにとどめたい。

正面の出桁造の軒は、門の南側に立って見上げると、腕木と桁の重なりがよくわかる。門の東隣には小さな文庫蔵が建ち、その墨書による年代、文久3年(1863年)とあわせて、石川家の江戸末期の屋敷構えを想像できる位置である。

Q&A

Q石川酒造長屋門はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータでは江戸末期(1830〜1867年)です。蔵元は約250年前のものと言われていると紹介しています。
Q石川酒造長屋門は酒蔵より古いのですか?
Aはい。石川家が熊川で酒造りを始めたのは明治13年(1880年)で、長屋門はそれ以前の江戸期の建物です。
Q石川酒造長屋門の表札の「石川彌八郎」とは誰ですか?
A石川家の当主が代々襲名してきた名前です。蔵元によれば、現在の社長が18代としてこの名を継いでいます。
Q石川酒造長屋門の建築上の特徴は?
A入母屋造・銅板葺の平屋で、中央が門口、左右が部屋です。礎石建の柱、真壁造の壁、正面だけの出桁造の軒、叉首組の小屋組をもちます。
Q石川酒造長屋門は見学できますか?
A予約不要の敷地散策で外観を見られます。門の内側へ立ち入れるかの案内はないため、外から眺めるにとどめてください。

基本情報

名称石川酒造長屋門(いしかわしゅぞうながやもん)
所在地東京都福生市大字熊川字南1-1
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号13-0169
指定年平成16年(2004年)2月17日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、銅板葺、建築面積89平方メートル
所有者石川酒造株式会社
公開状況外観は敷地の散策で見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):石川酒造長屋門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003850
文化遺産オンライン:石川酒造長屋門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/188580
福生市郷土資料室:石川酒造長屋門
https://www.museum.fussa.tokyo.jp/archives/fc_cultural/532
石川酒造株式会社:酒蔵散歩・見学
https://www.tamajiman.co.jp/tour/
石川酒造株式会社:石川酒造について
https://www.tamajiman.co.jp/about/

最終更新日: 2026.09.29