建築面積9.2平方メートルの登録文化財

旧梅津歯科医院味噌蔵は、山形県上山市十日町にある大正後期(1919年から1926年)建築の木造平屋建土蔵で、令和4年(2022年)2月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は06-0201。

建築面積は9.2平方メートル。三メートル四方ほどの規模で、同時に登録された梅津家の5棟のなかで最も小さい。

味噌を貯える小屋がなぜ国の文化財の台帳に載るのか。そう思うのが自然だろう。答えは登録制度の組み立て方にある。この点を追うと、日本が普通の建物をどう扱うようになったかが見えてくる。

登録の理由が二種類ある

平成8年(1996年)に始まった登録有形文化財の制度には、三つの登録基準がある。造形の規範となっているもの。再現することが容易でないもの。そして国土の歴史的景観に寄与しているもの。味噌蔵に適用されたのは三つめである。

梅津家の5棟は、このうち二つの基準に分かれている。診療棟、住居棟、座敷蔵は「造形の規範」として、建築それ自体の質で登録された。穀物蔵と味噌蔵は「歴史的景観に寄与」の側にある。味噌蔵は意匠の優秀さを主張していない。この蔵が担っているのは、屋敷の一角を保つという役目だ。

文化庁の解説は、主屋背面側の敷地西辺という位置を示し、屋敷後方の景観を整えると記す。これが欠ければ屋敷の囲いが一面失われる。穀物蔵も同じ働きをしていて、裏門に連なって敷地背面側の外郭となり、城下小路に面した景観を整えている。

個々の名建築ではなく、屋敷という単位に対して制度を当てている。上山市の登録有形文化財一覧も、この5棟を「旧梅津歯科医院」という一件として建造物・工作物の区分で掲載している。屋敷がまとまりを持つ理由は家の履歴にある。市の記載によれば、梅津家は江戸時代に上山藩の御殿医を務め、歯科医院としての開業は大正期にあたる。

造りを細かく見る

屋根は切妻造の鉄板葺、平入。小屋組は和小屋で、水平の梁と束で屋根を受ける形式である。壁は漆喰仕上、腰はモルタル仕上とする。セメントが日本の建築現場に広く行き渡ったのは大正期のことで、伝統的な土蔵の腰をモルタルで固めている点は年代を示す小さな指標になる。

内部は引違戸で南北二室に仕切る。北側は床を張り、高い位置に窓を設ける。戸口と窓には土戸を備える。壁と同じように塗り込めた扉である。

これらの選択はいずれも味噌に合う。東北の家々は毎年自家で味噌を仕込んだ。大豆と塩、米や麦の麹を杉桶に詰め、季節をまたいで熟成させる。求められるのは、涼しく、温度が動かず、日が差さず、それでも湿気が抜ける場所である。高窓は光を入れずに風を通す。床を張れば桶が地面の湿りから離れる。土戸は山形の一年の寒暖差を室内に持ち込まない。小さいのは一家に必要な量がその程度だったからで、この造りなのは味噌が置き場所を選ぶからだ。

見学の可否と代わりに見られるもの

個人所有で非公開である。拝観料の設定も内部公開もなく、上山市が公表する見学可能な文化財建造物の一覧に旧梅津歯科医院は含まれていない。加えてこの蔵は主屋の背面側、敷地の西辺に位置するため、外観すら公道からはほとんど見えない。

先に書いておけば無駄足を避けられる。所在地はJRかみのやま温泉駅から徒歩5分ほど、山形駅からは奥羽本線の普通列車で20分前後。街路に面した診療棟の洋館と住居棟の和館は外から確認できる。撮影は公道から見える範囲にとどめてほしい。

蔵の内部を実際に見たいなら、市内に開いている対象がある。登録有形文化財の蟹仙洞は旧長谷川家住宅を含む博物館として公開され、近くの旧長谷川製糸所繭蔵も登録されている。北へ歩けば仲丁通りに武家屋敷が4軒あり、三輪家は内部公開、ほか3軒は庭先を無料で見学できる。天文4年(1535年)築城の上山城は再建天守が郷土資料館になっている。これらを結ぶ道は、味噌蔵が背後から支えているのと同じ十日町の一帯を通る。

Q&A

Q旧梅津歯科医院味噌蔵は建築面積9.2平方メートルしかないのに、なぜ登録されたのですか。
A登録基準が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であり、造形の優秀さではなく屋敷景観への貢献で評価されています。主屋背面側の敷地西辺に建ち、屋敷後方の景観を整える位置にあります。
Q旧梅津歯科医院味噌蔵は見学できますか。
Aできません。個人所有で非公開であり、さらに主屋の背後に位置するため公道からは外観もほとんど見えません。街路に面した診療棟と住居棟は外から確認できます。
Q旧梅津歯科医院味噌蔵の内部はどのような造りですか。
A引違戸で南北二室に仕切り、北側は床を張って高窓を設けます。戸口と窓には土戸を備えます。壁は漆喰仕上で腰はモルタル仕上、小屋組は和小屋です。
Q旧梅津歯科医院味噌蔵の建築年代はいつですか。
A文化庁は大正後期、西暦1919年から1926年の間としており、具体的な年は示していません。穀物蔵と同じ年代区分で、大正11年(1922年)の座敷蔵より後、昭和2年(1927年)の診療棟・住居棟より前と考えられます。
Q旧梅津歯科医院では何棟が登録され、基準はどう分かれていますか。
A5棟が令和4年2月17日に登録されました。診療棟・住居棟・座敷蔵は「造形の規範となっているもの」、穀物蔵・味噌蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。登録番号は06-0197から06-0201までとなっています。

基本情報

名称旧梅津歯科医院味噌蔵(きゅううめつしかいいんみそぐら)
所在地山形県上山市十日町941
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号06-0201/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年令和4年(2022年)2月17日
員数1棟
寸法木造平屋建、鉄板葺、建築面積9.2平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(主屋背面に位置し公道からはほとんど見えない)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧梅津歯科医院味噌蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014133
文化庁 国指定文化財等データベース「旧梅津歯科医院穀物蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014132
上山市「国登録有形文化財(100から104、109)」
https://www.city.kaminoyama.yamagata.jp/soshiki/25/km202000714.html
上山市「市内見学可能施設(文化財建造物)」
https://www.city.kaminoyama.yamagata.jp/soshiki/25/bunka-shisetsu.html

最終更新日: 2026.07.30