窪八幡神社神門とは

窪八幡神社神門は、山梨県山梨市北の窪八幡神社の正面入口に建つ永正8年(1511年)建立とされる門で、昭和24年(1949年)2月18日に重要文化財に指定された。形式は四脚門切妻造で、屋根は檜皮葺である。

窪八幡神社神門は境内の正面入口に東を向いて建ち、総門とも呼ばれる。門の前の水路には、軽く反った石橋が架かっている。この石橋1基は附(つけたり)として重要文化財の指定に含まれており、門と一体の構えとして評価されている。

建立年には二つの記録がある。『大井俣神社本紀』は永正8年(1511年)、窪八幡の別当寺上之坊で書き継がれた『王代記』は天文11年(1542年)とする。文化庁のデータベースは永正8年を年代としている。のちに明和6年(1769年)に修理されたことが、箱棟の墨書で明らかになっている。

窪八幡神社神門が重要文化財である理由

窪八幡神社神門は、戦国時代の窪八幡神社の正面を今日まで守ってきた門である。本殿(1519年ごろ)とほぼ同じころの建立とされ、境内の主要な社殿がそろった時期の姿を入口で示している。

四脚門は、本柱2本の前後に控柱を2本ずつ立てた門の形式で、社寺の正門に格式の高い形として用いられる。檜皮葺の切妻屋根を載せた窪八幡神社神門は、室町時代後期の神社の門の姿をよく残している。

窪八幡神社神門の見どころ

門の手前、石橋の上から眺めたい。水路をまたぐ石橋の緩やかな反りと、その先の檜皮葺の屋根が一つの構図に収まり、門と石橋を合わせて指定した意味がよくわかる。

門の下に入ったら、柱の配置を確かめてみる。中央の本柱2本と、その前後に立つ控柱4本が四脚門の骨組みで、通路の両側にそれぞれ3本ずつ柱が並ぶ。

門を抜けて振り返ると、東へ延びる参道の先に窪八幡神社鳥居が見える。鳥居から神門へと続く軸線が、この神社の正面の構えである。

窪八幡神社神門の見学方法

窪八幡神社神門は境内の入口にあり、参拝者はこの門をくぐって境内へ入る。屋外の建物なので、外観と軸部を自由に見学できる。石橋の上や門の前で立ち止まる際は、ほかの参拝者の通行を妨げないようにしたい。

境内への行き方と参拝の条件は、窪八幡神社のページにまとめてある。

Q&A

Q窪八幡神社神門はいつ建てられたのですか?
A『大井俣神社本紀』は永正8年(1511年)、『王代記』は天文11年(1542年)の建立とし、文化庁のデータベースは永正8年を年代としています。明和6年(1769年)に修理されたことが箱棟の墨書でわかっています。
Q窪八幡神社神門の「四脚門」とはどのような形式ですか?
A本柱2本の前後に控柱を2本ずつ立てた門で、社寺の正門に用いられる格式の高い形式です。
Q窪八幡神社神門の前の石橋も重要文化財ですか?
Aはい。門の前の水路に架かる石橋1基が、附として神門の重要文化財の指定に含まれています。
Q窪八幡神社神門は総門とも呼ばれるのですか?
A境内の正面入口に東を向いて建つ門で、山梨市の解説では総門とも呼ばれると紹介されています。
Q窪八幡神社神門は自由に見学できますか?
A境内の入口に建つ屋外の門で、参拝者はこの門をくぐって境内に入ります。外観を自由に見学できます。

基本情報

名称窪八幡神社神門
所在地山梨県山梨市北654(窪八幡神社境内)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和24年(1949年)2月18日
員数1棟(附 石橋1基)
寸法文化庁データベースに寸法の記載なし
所有者窪八幡神社
公開状況屋外にあり外観を見学可(無料)

参考文献

窪八幡神社神門|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/873
窪八幡神社神門|山梨市の文化財(山梨市)
https://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/site/cultural-assets/7891.html
窪八幡神社鳥居|山梨市の文化財(山梨市)
https://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/site/cultural-assets/7893.html
大井俣窪八幡神社 公式サイト
https://kubohachiman.com/

最終更新日: 2026.09.24