酒造家の屋敷の隅に建つ、茶の寄付
犬山城下町の一角、通りに長く面した小島家の敷地の南東隅に、建築面積わずか19平方メートルほどの小さな建物がある。外壁を赤みの強い弁柄色に塗ったこの一棟が、小島家住宅寄付である。茶事に用いられた施設で、主屋や蔵、座敷とともに、酒造を営む小島家の屋敷を構成する一棟として残る。
寄付は、茶事の客がまず集い、身支度をととのえて席入りを待つための場所をいう。露地を経て茶室へ向かう前の、いわば最初の間である。この寄付が珍しいのは、北側に設けた腰掛を兼ねた上り口によって、本来は露地の腰掛待合が担う「待つ」工程までを、小さな一棟のなかに取り込んでいる点にある。
建てられたのは江戸末期、おおよそ1830年から1867年にかけてとされる。現在の主屋が明治期の建築であることを考えると、寄付のほうが屋敷のなかでは古い。木造平屋建、瓦葺で、内部は床を構えた七畳半の座敷を中心とする。
「登録」という位置づけ
この寄付は登録有形文化財であって、国宝でも重要文化財でもない。この違いには意味がある。平成八年(1996年)に始まった登録制度は、近代以降のものを含む幅広い建造物を、従来の指定よりもゆるやかな枠組みで保護するために設けられた。所有者は届出を前提に建物を使い続け、改変する自由を比較的広く保たれる。一棟の傑作というより、生きた町並みを守るために用いられることの多い区分である。
小島家住宅寄付が登録されたのは平成十七年(2005年)2月9日、登録番号は23-0178。同じ屋敷の主屋、座敷、三群の蔵と仕込場、そして長大な屋根塀をあわせた七件が、同じ日に登録されている。寄付に付された基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。すなわちその価値は、孤立した建物としてよりも、城下町のこの界隈に固有の表情をかたちづくる一群の一部として評価されている。
そう読めば、この小さな一棟の役割も見えてくる。弁柄塗の外観、変化に富んだ屋根、そして通りへ向く構えのいずれもが、平成十年(1998年)に市の都市景観賞に選ばれた町並みの一部をなしている。
立ち止まって見たい細部
まず屋根を見たい。左右対称の切妻ではなく、招き屋根の形をとる。二つの勾配をあえて不揃いにし、敷地側の流れを表通り側よりも大きく葺き下ろしている。表側の東面と北側面には、開口部を覆うように庇を別に付ける。葺かれているのは桟瓦で、この時代の町家に広く用いられた瓦である。
つぎに色である。外観は弁柄で仕上げられ、この赤みは小島家の屋敷全体を貫いて、性格の異なる建物群を一つの視覚的な意匠にまとめている。屋敷の弁柄塗は朝鮮王朝の宮廷建築にならったと家に伝わるが、文献で裏づけられた事実というより、伝承として受け止めておきたい。由来はともあれ、この赤い壁こそ多くの来訪者が屋敷を思い起こす手がかりであり、寄付はそれを敷地のいちばん端、通りすがりの人がまず目にする位置でまとっている。
内に入れば、寸法が考えどころとなる。七畳半は座敷としては控えめだが、茶の待合としてはむしろ余裕がある。床を構えていることは、ここが単なる物置ではなく、しつらえと一定の格式を意識した場であったことを示す。なお屋敷には、茶人小堀遠州が手がけたとも言われる庭がかつてあったと地元で語られるが、これも朝鮮宮廷の話と同じく、確証のある説としてではなく慎重に扱うべき伝えである。
屋敷の周辺
寄付の建つ場所は、犬山を訪れる人の多くが目当てとする場所から歩いてまわれる範囲にある。北へ数分行けば犬山城がそびえる。現存する木造天守のなかでも古いものに数えられ、それ自体が国宝である。駅と城のあいだに残る通りは、よく保存された城下町の町並みをなし、串物や菓子の店、着物のレンタル、小さな工房が、小島家と同じような古い構えに入っている。
東へ少し進むと有楽苑がある。二十世紀に移築された国宝の茶室如庵を中心とする庭園で、小島家住宅寄付がつくられた世界に関心のある人にとっては、名高い茶室を間近に見て、茶事の段取りのなかで待合がどれほど大切な場であったかを理解する手がかりになる。
家業も近くで続いている。小島醸造は今も荵苳酒を造る。すいかずらを用いた甘口の薬酒で、四百年以上にわたってこの家が手がけてきたもので、蔵元は冷やしてそのまま、あるいは炭酸水や水で割り、寒い時季には湯で割って飲むことをすすめている。屋敷そのものは令和七年(2025年)三月、新たな役割で再び開かれた。城下町に残る登録文化財のうち小島家と近くの真野家の二棟が丁寧に改修され、分散型ホテル「宿-SHUKU-」と日本料理店「古今」となり、町並みを支える建物そのものに泊まり、食事ができるようになっている。
Q&A
- 寄付の内部は見学できますか。
- この建物は私有の屋敷の一部であり、無料で入れる公開施設ではありません。令和七年(2025年)三月以降、屋敷はホテルと料理店として運営されており、それ以前は春と秋の特別公開のときに内部が開かれていました。この小さな一棟そのものへの立ち入りは限られるため、訪れる前に運営側へ最新の取り扱いを確認するのが確実です。
- そもそも寄付とは何ですか。
- 茶事の客が席入りの前に集い、待つための間です。露地を経て茶室へ向かう前の場所にあたります。小島家のものは露地の腰掛待合の役目もあわせ持ち、小さな一棟で茶事の二つの段取りを受け持っています。
- これは国宝ですか。
- いいえ。登録有形文化財です。平成八年(1996年)に設けられた区分で、地域の景観に欠かせない建物を、国宝や重要文化財の指定よりもゆるやかな仕組みで守るものです。この地域の国宝は、近くの犬山城天守と有楽苑の茶室如庵にあたります。
- 小島家はどんな酒を造っているのですか。
- 代表する品が荵苳酒です。すいかずらを用いた甘口の酒で、慶長二年(1597年)以来この家が造り続けてきました。冷やして、あるいは炭酸水や水で割って飲み、冬は湯で割るのが一般的です。
- どのように行けばよいですか。
- 犬山へは名古屋市の中心部から名鉄でおよそ二十五分です。犬山駅から城下町、すなわち小島家の屋敷へは、犬山城に向かって西から北へ歩いてすぐの距離にあります。
基本情報
| 名称 | 小島家住宅寄付(こじまけじゅうたくよりつき) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県犬山市大字犬山字東古券633 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成十七年(2005年)2月9日/登録番号23-0178 |
| 時代 | 江戸末期(おおよそ1830〜1867年) |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積約19平方メートル |
| 所有 | 小島家による私有。令和七年(2025年)以降は分散型ホテル「宿-SHUKU-」の一部として運営 |
| 公開状況 | 無料の公開施設ではなく、立ち入りは限られる。事前に最新の取り扱いを確認のこと |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「小島家住宅寄付」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004574
- 文化遺産オンライン「小島家住宅主屋」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/195569
- 文化遺産オンライン「小島家住宅屋根塀」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/151185
- LIFULL HOME'S PRESS「登録有形文化財を活用したホテル『宿-SHUKU-』と日本料理店『古今』がオープン」
- https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_01480/
最終更新日: 2026.06.17