城下町の屋敷に残る小さな井戸屋形
国宝犬山城のほど近く、旧城下町の一画に宮田家住宅は建つ。その敷地の北西隅、蔵の西側に、瓦葺の小さな屋根が井戸をおおっている。宮田家住宅井戸屋形である。建築面積はわずか十一平方メートルほど。規模こそ小さいが、平成十八年(二〇〇六年)に国の登録有形文化財となった建物である。
建設年代は明治末期、おおよそ一九〇〇年から一九一二年にかけてとされる。宮田家住宅では主屋の對依軒、蔵、塀とあわせて四件が同じ日に登録されたが、井戸屋形はそのなかで最も古い。地棟の東寄りには、釣瓶を上げ下げするための滑車が今も吊られている。屋根と滑車という、井戸を使うために必要なものだけが簡潔にまとまった建物である。
「指定」ではなく「登録」という枠組み
建造物を国が守る制度には、性格の異なる二つの道がある。古くからある「指定」は、国宝や重要文化財のように特に価値の高いものを選び、現状変更などに厳しい規制をかける仕組みである。数百メートル先の犬山城天守は、この指定制度による国宝にあたる。
井戸屋形が属するのは、もう一方の比較的ゆるやかな「登録」である。平成八年(一九九六年)の文化財保護法改正で導入された登録有形文化財制度は、おおむね築五十年以上を経て地域の景観を支えてきた、より幅広い建物を対象とする。所有者が使いながら維持していくことを促し、大きな改変の前に届け出を求める方式をとる。井戸屋形の登録は平成十八年十月十八日、登録番号は二三―〇二三一である。
登録の理由として記録されているのは、国土の歴史的景観に寄与しているという点である。小さな木造の覆屋それ自体は、特筆すべき造形をもつわけではない。蔵や長い塀、主屋とともに屋敷構えがそろって残ることで、ひとつの家のかつての暮らしと営みの姿が一画として立ちあらわれる。井戸屋形はその一画に欠かせない要素として評価された。
簡素な造作が示すもの
井戸屋形は東西を棟とし、桁行四・四メートル、梁間二・四メートルの規模をもつ。屋根は切妻造で、町場の建物に多い桟瓦で葺かれている。柱はわずかに内側へ傾けた内転びとし、軸部は地覆と貫で固める。軒は一軒の疎垂木で、垂木の間隔を広くとった素朴なつくりである。
内転びは、わずかな傾きによって小さな軸組のゆがみを抑え、建物に落ち着いた立ち姿を与える技法である。装飾を加えず、必要な構造だけで組み上げたところに、この建物の性格がよくあらわれている。地棟に吊られた滑車は、覆屋を実際に水を汲むための装置として完結させていた。立ち止まって見れば、水をおおい、釣瓶を上げる、それ以上を求めないという用の論理がそのまま読みとれる。
井戸を使った家
この井戸を持っていたのは、土地に深く根ざした家であった。江戸時代、この一帯は犬山城下の武家地にあたり、宮田家は犬山藩主成瀬家に勘定方として仕えていた。明治の世になっても家は続き、明治三十六年(一九〇三年)に宮田錠吉が医術開業試験に合格して、ここで眼科・内科・小児科を診る宮田医院を営んだ。
茶の湯を好んだ錠吉は、のちに屋敷を数寄屋の意匠でととのえていく。昭和六年(一九三一年)に蔵と塀を建て、主屋の對依軒はその後の歳月をかけて造られた。神宮式年遷宮の余材の払い下げを受け、京都の銘木屋から銘木を集めたという。こうして整えられた建物群のなかで、明治の井戸屋形だけが一段と古い時代から残った。敷地は私有地のため内部の見学はできず、その姿は記録を通して知り、町並みの一部として外から味わうのがふさわしい。
周辺の見どころ
宮田家住宅が建つのは、全国でも保存状態のよい城下町のひとつである。江戸期に引かれた町割りがほぼそのまま残り、城へ向かう本町通りには商家や造り酒屋、串物や菓子を商う店が軒を連ねる。歩く速さでめぐると、町全体の成り立ちが見えてくる。
中心となるのは国宝犬山城で、その天守は国宝に指定された五つの城のひとつに数えられ、現存最古ともいわれる。城下町の一角、有楽苑には、京都から移された茶室如庵が建つ。如庵もまた国宝で、現存する茶室の名席に数えられている。城と茶室、そしてその間に広がる町並み。そうした日常の建物群のなかに身を置くと、小さな井戸屋形のたたずまいが、ちょうどよい寸法で見えてくる。
Q&A
- 宮田家住宅の敷地に入って井戸屋形を間近で見られますか。
- 宮田家住宅は私有地で、一般公開の施設ではないため、敷地内には立ち入れません。犬山城下町とその公開施設をめぐる行程を組み、宮田家の建物は歴史的な町並みの一部としてご覧になるのがよいでしょう。
- 「登録」有形文化財と「指定」文化財は何が違うのですか。
- 指定は、国宝や重要文化財など特に価値の高いものを対象とする、より厳しい古くからの制度です。登録は平成八年に導入された比較的ゆるやかな枠組みで、地域の景観を支える幅広い建物を対象とし、使いながらの保存を促して大きな改変の前に届け出を求めます。井戸屋形は指定ではなく登録にあたります。
- 井戸屋形のような小さな建物がなぜ登録されたのですか。
- 価値は周囲との関係にあります。蔵・塀・主屋とともに残ることで城下町の一軒の屋敷構えがそろい、地棟に残る滑車は日々の水汲みの様子を今に示します。登録の理由も、国土の歴史的景観に寄与している点に置かれています。
- 井戸屋形は屋敷のなかでどれくらい古いのですか。
- 登録された四件のなかで最も古く、明治末期の建築です。蔵と塀は昭和六年、主屋はそれよりのちの完成であり、井戸屋形は周囲の数寄屋建築に先立って建てられました。
- 犬山城下町へはどう行けばよいですか。
- 名古屋から名鉄で犬山へおよそ三十分です。犬山駅または犬山遊園駅から城へ向かって旧城下町を歩いて回ることができ、城の入口に近い歴史地区は徒歩でめぐりやすい範囲にまとまっています。
基本情報
| 名称 | 宮田家住宅井戸屋形(みやたけじゅうたくいどやかた) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県犬山市大字犬山字東古券719 |
| 区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-0231 |
| 登録年月日 | 平成18年(2006年)10月18日 |
| 年代 | 明治末期(およそ1900〜1912年) |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式 | 木造平屋建、瓦葺(桟瓦葺・切妻造)、建築面積約11平方メートル(桁行4.4メートル、梁間2.4メートル) |
| 見学 | 私有地のため内部公開なし。周辺の城下町は自由に散策可能。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「宮田家住宅井戸屋形」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005886
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)「宮田家住宅井戸屋形」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/143151
- 文化遺産オンライン「宮田家住宅對依軒(主屋)」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/196879
最終更新日: 2026.06.17