山田家住宅主屋とは ― 二本の街道が交わる角の町家

山田家住宅主屋は、愛知県犬山市大字犬山字東古券776に建つ明治中期の町家で、平成16年(2004年)7月23日に国の登録有形文化財に登録された。本町通りと新町通りがT字に交わる北西の角に、南を向いて建っている。

木造2階建、瓦葺、建築面積120平方メートル。間口5間、奥行6間の平入で、屋根は切妻造桟瓦葺、南・西・北の三面に下屋が回る。内部は南から奥行2間半が土間、その北に4室を田の字型に配し、東端の半間を通路にあてる。城下町の町家として標準的な骨格である。

建った年について、文化庁の国指定文化財等データベースは時代を「明治中期」とする。愛知県の文化財ナビ愛知はもう少し踏み込み、明治24年(1891年)の濃尾震災のあとに、タンス屋の梶川彦太郎の住宅として建てられたと伝えると記す。伝承としての記述であり、断定はされていない。

山田家がこの家を譲り受けたのは昭和30年(1955年)で、以後ここに住み、食料品店を営んだ。建物の名は、明治に建てた人ではなく、昭和に住んだ家の名を冠している。

角地そのものが登録の理由になっている

山田家住宅主屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。登録番号は23-0147、第43回の登録にあたる。文化財としての価値が、建物単体の意匠よりも、町のなかでの位置に置かれた例といえる。

この角が特別なのは、江戸時代の道の構造がそのまま残っているからである。本町通りは名古屋往還、新町通りは善師野往還にあたり、犬山城下では城下を南北に貫く道と、東へ抜ける道がここで出会う。文化財ナビ愛知によれば、江戸時代後期の城郭絵図では、この家の西側一間ほどの敷地が高札場、つまり幕府や藩の触書を掲げる場所だった。現在の建物はその配置を崩さずに建てられている。

高札場は町の掲示板であり、人が集まる場所として辻に置かれた。その隣に建つ商家が、震災後の建て替えでも敷地の割り方を動かさなかった。結果として、道の交わり方と敷地の切り方が明治の建物によって固定され、今も歩いて確かめられる。

同じ平成16年(2004年)7月23日には、犬山城下で髙木家住宅の3棟、梅田家住宅の3棟、三井家住宅の3棟、井上家住宅の2棟、瀧野家住宅蔵も登録された。山田家住宅主屋はその一連のなかの1棟で、町並みをまとめて残す方針のもとで拾い上げられている。

正面から読み取れること

見るべきものは、ほとんど正面と側面の壁に出ている。

2階の正面は出桁造り。桁を前へ張り出させて軒を深くする造りで、通りに面した町家がしばしば採る形である。その両端の半間は黒漆喰の壁とし、長押を内法の上下に打ったうえで、さらに上へ黒漆喰を塗り上げている。白い漆喰ではなく黒であることが、この家の正面の印象を決めている。

2階の窓は、東側の2間が出格子。西側の1間半はいま格子を失っているが、もとは平格子だったと文化財ナビ愛知は記す。同じ2階の窓が、東と西で違う顔をしている理由がここにある。

妻壁に回ると、押縁下見板張に柿渋墨塗が施されている。板を横に重ね、その上から細い縦材で押さえる仕上げで、黒く塗られた板壁は正面の黒漆喰と呼応する。

1階の南西隅にはショーウインドウがある。これは後世の改造で、建具ともども当初のものではない。文化財ナビ愛知は、復原すれば格子戸構えの外観になると指摘している。改変を消さずに登録している点も、この制度の性格を示している。山田家住宅主屋は、明治の骨格の上に商いの都合が重ねられた状態のまま、文化財になっている。

山田家住宅主屋の見学方法とアクセス

山田家住宅主屋は個人の建物で、公開施設としての案内は出ていない。内部を見学する仕組みはなく、拝観時間も拝観料も設定されていない。文化庁のデータベースでも所有者名の欄は空欄になっている。

見られるのは外観である。本町通りと新町通りの角に面しているため、二方向から壁面を見ることができ、正面の出桁造りと妻壁の下見板を同時に確かめられる位置がある。角地の建物としては条件がよい。

アクセスは名鉄犬山駅西口から。犬山市観光協会は駅西口から城下町まで徒歩約10分としており、本町通りを北へ進むとT字路の角に着く。すぐ北隣の東古券779には、犬山祭の車山を納める車山蔵が建っている。

撮影は公道からの外観に限られる。人が暮らす家であり、窓の中を撮ることや敷地に立ち入ることは避けたい。

Q&A

Q山田家住宅主屋の内部は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A内部は公開されていません。公開施設としての案内はなく、拝観時間や拝観料の設定もありません。外観は本町通りと新町通りの角から自由に見ることができます。
Q山田家住宅主屋はいつ建てられたのですか。
A文化庁のデータベースは「明治中期」とします。愛知県の文化財ナビ愛知は、明治24年(1891年)の濃尾震災の後にタンス屋の梶川彦太郎の住宅として建てられたと伝える、と記しています。伝承として扱われており、年は確定していません。
Q山田家住宅主屋は、なぜ登録有形文化財になったのですか。
A登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。名古屋往還と善師野往還が交わる角という位置と、江戸時代後期の絵図に高札場として描かれた隣地との関係を崩さずに建っている点が評価されています。
Q山田家住宅主屋の正面で、まず何を見ればよいですか。
A2階正面の出桁造りと、その両端半間の黒漆喰壁です。窓は東側2間が出格子で、西側1間半は格子を失っています。1階南西隅のショーウインドウは後世の改造です。
Q山田家住宅主屋へは、最寄り駅からどう行きますか。
A名鉄犬山駅西口が最寄りです。犬山市観光協会によると駅西口から城下町まで徒歩約10分で、本町通りを北へ進むと新町通りとのT字路の角に着きます。

基本データ

名称山田家住宅主屋(やまだけじゅうたくしゅおく)
所在地愛知県犬山市大字犬山字東古券776
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)7月23日登録
員数1棟
寸法間口5間、奥行6間、木造2階建、建築面積120平方メートル
所有者不明(文化庁データベースの所有者名欄は空欄)
公開状況内部非公開。外観のみ本町通り・新町通りから見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 山田家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004253
文化財ナビ愛知 山田家住宅主屋
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1166.html
犬山市 登録文化財制度
https://www.city.inuyama.aichi.jp/kurashi/bunka/1001063/1001067.html
犬山市観光協会 犬山城下町
https://inuyama.gr.jp/experience/detail/2/

最終更新日: 2026.09.03