全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
新潟県南魚沼市吉里の鎌倉沢川にある堤長29メートル、堤高3.0メートルの練積の石造堰堤。昭和5年の完成で、堤高を抑えた堰堤が階段状に連なる歴史的な景観の中核をなす。平成27年に登録有形文化財となった。
新潟県阿賀野市の村杉温泉、旅館環翠楼に建つ大正4年(1915年)の木造2階建客室棟。中央の玄関ポーチ、東の広縁、洋風の軒天井と数寄屋風の座敷を備え、2016年に登録有形文化財となった。泊まり方の条件も紹介。
新潟県阿賀野市の村杉温泉、旅館環翠楼の離れの宴会場。文化庁は昭和43年(1968年)の平屋とし、宿は明治の民家を移したと説明する。高い小壁と二段の貫が開放感をつくり、2021年に登録有形文化財となった。
新潟県阿賀野市の村杉温泉、旅館環翠楼の庭の中央、石段を上った高台に建つ明治後期(1898〜1912年)の2階建の離れ。四周の縁と地袋天袋の床脇、三方のガラス戸を持つ近代和風の好例で、2021年に登録有形文化財となった。
旧相川拘置支所居房棟は佐渡市相川新五郎町に残る昭和29年建設の木造平屋建。平成18年登録の登録有形文化財で、中廊下の両側に約3畳の独居房6室と雑居房3室、医療室の計10室が並び、門から数えて最も奥に立つ。
旧相川拘置支所事務所棟は佐渡市相川新五郎町に建つ木造平屋の庁舎。昭和29年建設で平成18年に登録有形文化財となった。玄関の西に接見室や調室、東に事務室が並び、床の仕上げの違いが用途の境目を示している。
旧相川拘置支所炊事・倉庫棟は佐渡市相川新五郎町に残る昭和29年建設の木造平屋建。平成18年登録の登録有形文化財で、廊下の北側に倉庫、西側に炊事場と人造石塗りの浴場を備え、L字平面の折れ点にあたる建物である。
旧相川拘置支所門及び塀は佐渡市相川新五郎町に残る鉄筋コンクリート造の工作物。昭和29年築で平成18年登録の登録有形文化財。間口2メートル、高さ5メートルの門と延長113メートルの塀が敷地を画している。
旧相川税務署石積は佐渡市相川の長坂沿いに旧税務署の敷地を縁取る昭和初期の石積で延長17m。坂側は下相川産の球顆流紋岩を切込接で最高2.6mまで積み、南面には鉱山の捨石も使う。平成21年に登録有形文化財となった。
旧相川税務署書庫は佐渡市相川の旧税務署本館の背面に廊下でつながる昭和6年(1931年)頃の木造2階建の書庫。モルタル塗の外壁に鉄扉を備え、小屋組はキングポストトラス。平成21年に登録有形文化財となった。
旧相川税務署本館は佐渡市相川の長坂の麓に昭和6年(1931年)に建った木造2階建の税務署庁舎。中央の腰折屋根、両端の切妻飾り、縦長窓が並ぶ左右対称の正面を持ち、平成21年(2009年)に登録有形文化財となった。
旧相川税務署門及び袖塀は佐渡市相川の旧税務署本館の正面に立つ昭和初期の鉄筋コンクリート造の門と袖塀。高さ2.0mの門柱の一角に唐戸面の面取りを施し、表面はモルタル洗い出し。平成21年に登録有形文化財となった。
旧飯田家住宅主屋は、新潟県上越市大島区菖蒲にある嘉永6年建築の茅葺民家で、平成26年に登録有形文化財となった。越後地方に特徴的な中門造の形式をもつ、豪雪地帯の大型民家である。
旧割烹有明奥棟は、新潟市中央区古町通九番町にある昭和3年建築のL字型の棟。北側路地に面して竪板張の外壁と格子窓、丸太垂木の庇を見せ、二階に床構え付き座敷を三室配す。令和6年12月3日に国の登録有形文化財に登録された。
旧割烹有明表棟は、新潟市中央区古町通九番町にある明治43年建築の旧料亭建築。起り付きの入母屋玄関、北側路地へ張り出す二階壁面、千鳥を透し彫した板欄間が残る。令和6年12月3日に国の登録有形文化財に登録された。
旧割烹有明中棟は、新潟市中央区古町通九番町にある大正13年建築の座敷棟。二階の十八畳客間は床、棚、平書院を備え、床柱に大径の瘤付丸太、床脇に円窓を用いる。令和6年12月3日に国の登録有形文化財に登録された。
新潟県上越市牧区切光の旧川上小学校体育館は、昭和27年に地元住民の手で建てられた木造体育館で、平成24年に国の登録有形文化財となった。天井を張らずトラス組を現し、入口上部の中二階に礼法室を張り出す。牧村時代の建築。
長岡市摂田屋のサフラン酒本舗を区切る石造の石垣。自然石を亀甲形に整えて六段に積み、上部に葛石を載せる。東面と築山際の二部からなり、前面道路からの景観を大きく形づくる登録有形文化財である。
主屋前方に接続する土蔵造二階建の衣装蔵。正面妻の鉢巻に唐草とサフランの花弁、扉の内側に龍や動物を色鮮やかな鏝絵で飾る。名高い鏝絵蔵に先立つ、左官河上伊吉の早い仕事として知られる一棟である。
敷地北寄りに独立して建つ土蔵造二階建の一号倉。漆喰仕上で腰を鉄板で養生し、東妻に吉の字をかたどる。当地で醸造を始めて以来の遺構とされ、大正十五年に現在地へ移築された最古の一棟である。