全国の登録有形文化財
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野﨑家別邸たい暇堂東塀は、明治29年(1896年)に築かれた延長76メートルの土塀である。小田川沿いの敷地東辺に連なり、南寄りに本瓦葺の薬医門形式の東門を開く。平成12年(2000年)に登録有形文化財となった。
野﨑家別邸たい暇堂有藇亭は、明治41年(1908年)に野﨑武吉郎の還暦を記念して建てられた建築面積82平方メートルの客室棟である。栗のなぐり縁で茶室と結ばれ、平成12年(2000年)に登録有形文化財となった。
野﨑家別邸たい暇堂有藇亭附属風呂は、明治41年(1908年)に有藇亭の南に建てられた建築面積11平方メートルの風呂棟である。庭側の腰を竹で詰め打ちした数寄屋風の造りで、平成12年(2000年)に登録有形文化財となった。
野﨑武左衛門翁旌徳碑は倉敷市児島味野に明治27年(1894年)に建てられた高さ18mのオベリスク型記念碑。六口島産花崗岩の長さ12mの一本石を立て、フランス帰りの技師山田寅吉が設計した。塔を正面から見る位置も紹介。
野﨑武左衛門翁旌徳碑石垣は倉敷市児島味野の記念碑の敷地を東と北から囲む明治27年(1894年)の石垣。高さ1.1m・延長128mで、隅を亀甲積、他を谷積とする。平成16年登録。積み方の見分け方と道路からの見学方法を紹介。
野﨑武左衛門翁旌徳碑石橋は倉敷市児島味野の記念碑の手前の池に架かる明治27年(1894年)の石造桁橋。橋長4.4m・幅員2.0m。太鼓橋風ながら反りを低く抑え、塔への見通しを高める。四角錐の親柱や見学方法も紹介。
野﨑武左衛門翁旌徳碑門柱は倉敷市児島味野の記念碑の入口に立つ明治27年(1894年)の一対の石造門柱。高さ4.7mで、葉をかたどった軒蛇腹風装飾、笠石、錘形の飾りを重ね、奥のオベリスクを意識した造形。見学方法も紹介。
倉敷市児島通生の梅荘で本館の北東に建つ明治40年(1907年)ごろの土蔵。桁行2間・梁間1間半の小さな蔵で、黒漆喰の壁の四隅と腰を海鼠壁とし、妻面の窓庇上の飾りや階境の瓦の小庇の扱いにも見応えがある。
倉敷市児島通生の梅荘で本館の東に接続する明治40年(1907年)ごろの家事棟。北から2階建の女中部屋、台所、井戸屋が並び、女中部屋は黒漆喰、台所は海鼠壁と鼠漆喰で仕上げる。別荘建築の家政部の姿を伝える。
倉敷市児島通生の梅荘で本館の西に建つ明治40年(1907年)ごろの離れ座敷。2畳と6畳の座敷に水屋と待合を付け、2畳には梅鉢形の窓と網代天井、6畳には半月窓と火灯窓を開く、煎茶趣味の数寄屋建築である。
倉敷市児島通生の梅荘で本館の北に建つ別館。明治前期の建物を明治40年(1907年)ごろに移したとされ、入母屋造茅葺の8畳・6畳の続き座敷と寄棟造瓦葺の角屋から成る。茅葺の軒下には丸太の垂木を扇形に配っている。
倉敷市児島通生の梅荘の中心に建つ明治40年(1907年)ごろの本館。入母屋造茅葺の座敷部と切妻造瓦葺の居間・台所部から成り、車寄付きの玄関、煎茶室、丸窓の平書院、波をかたどった欄間を備えた数寄屋風の建物である。
林原美術館中蔵は明治前期の土蔵造二階建で、北側の石垣に沿って3棟並ぶ蔵の中央に建つ。腰の海鼠壁、出隅のL形役物瓦、2階を巡る水切瓦付きの帯と、外壁の細かな意匠が評価され、令和5年に登録有形文化財となった。
林原美術館長屋門は江戸末期の土蔵造・入母屋造本瓦葺の長屋門。生坂藩池田家の屋敷から明治後期に移され、いまは美術館の正門になっている。栂の良材を使った柱梁や海鼠壁の腰に注目したい。令和5年に登録有形文化財に登録。
林原美術館西蔵は明治14年の土蔵造二階建で、3棟並ぶ蔵で最も大きい176平方メートル。移築時に2階の床を下げ小屋裏に棚を加えた。腰・角・帯に海鼠壁を張った外観が評価され令和5年に登録有形文化財に登録。
林原美術館東蔵は明治前期の土蔵造二階建で、北側の石垣に沿って3棟並ぶ蔵のうち最も小さい89平方メートル。岡山藩の藩政資料を集めた池田家文庫を長く納めた蔵として評価され、令和5年に登録有形文化財に登録された。
林原美術館本館は岡山城二の丸跡に昭和38年に建った前川國男設計の美術館。竹林の中庭を巡る一筆描きの平面と焼過ぎ煉瓦・PC板の外装が評価され、令和5年に登録有形文化財となった。見どころと見学条件を紹介。
岡山市北区の半田山に明治38年(1905年)に築かれた直径21メートルの円形配水池。内部に同心円状の2重の隔壁を設けて頂部に煉瓦造アーチを巡らせ、屋蓋は鉄筋コンクリートの欠球形ヴォールト。類例の少ない円形配水池。
岡山市北区の半田山で一号配水池の東下に建つ明治38年(1905年)の木造平屋建の旧事務所。桁行5間・梁間2間の寄棟造で、開口部を広くとり、軒の四周に瓔珞飾りを巡らせ、床下換気口に市章をかたどった金物をはめる。
岡山市北区の半田山で一・二号配水池の北に並ぶ大正8年(1919年)の円形配水池。第一拡張工事で予備地に建設され、欠球形ヴォールトを中心にほぼ半円錐形の鉄筋コンクリート造の屋根躯体を16本放射状に架ける。