石手寺鐘楼

柱に残された墨書が、建立の年を元弘3年(1333年)と記している。室町前期にあたる。場所は愛媛県松山市石手、四国八十八ヶ所霊場の第五十一番札所として知られる石手寺の境内で、三重塔の南側に立つ。下層を板張りの袴腰(はかまごし)で囲った二重の鐘楼である。袴腰とは下層裾を広げた板囲いの形式で、その名は裾の広い袴に由来するとされる。

楼上に吊られた銅鐘は、これを収める建物よりも古い。建長3年(1251年)の銘を持つ鋳銅製の鐘で、愛媛県では最古の在銘銅鐘とされ、鐘そのものも重要文化財に指定されている。13世紀の鐘を14世紀の建物が抱くという構図は、足を止めてじっくり見る価値のある点だろう。

指定の理由と価値

石手寺は、四国遍路の札所のなかでも指定建造物が群を抜いて多い寺院である。二王門は国宝に指定され、本堂、三重塔、護摩堂、訶梨帝母天堂(かりていもてんどう)、石造の五輪塔、そしてこの鐘楼が、いずれも重要文化財となっている。鐘楼が指定を受けたのは明治40年(1907年)5月27日のことで、文献によっては「再建」と記すものもあり、同じ場所に先行する鐘楼があった可能性をうかがわせる。

様式は和様である。袴腰の上では、三手先(みてさき)の組物が回縁(まわりえん)と組高欄(くみこうらん)を支え、上層の屋根の軒も同じく三手先で受けている。組物のあいだの中備(なかぞなえ)には間斗束(けんとづか)が置かれる。屋根は入母屋造、瓦ではなく檜皮(ひわだ)を重ねて葺き、軒は地垂木と飛檐垂木を重ねた二軒(ふたのき)とする。建物の規模に対して組物は細やかで、その均整のとれた清楚な姿は早くから高く評価されてきた。

訪れて気づく見どころ

下から見上げると、この鐘楼はまず、わずかに上すぼまりの安定した下層と、その上に載るずっと軽やかな上層という二つの姿として目に入る。両者の対比こそがこの建物の核心である。板張りの袴腰が建物を地に据える一方で、回縁をめぐらせ組物を積み上げた上層は、そこから浮き上がるように見える。基壇のまわりをゆっくり一周すると、軒の重みを受けて段ごとに外へ張り出す三手先の組物が、角度を変えるたびに違う表情を見せる。

上層を見上げれば、年月を経て黒ずんだ銅鐘の姿が目に入る。この鐘が鋳られたのは、いまそれを覆う木組みより八十年あまりも前のことになる。一度見上げるだけでこれほどの時間の層を読み取れる鐘楼は、そう多くない。

石手寺という寺名には、海外からの旅行者があまり耳にすることのない由来がある。「石手」は石の手を意味する。四国遍路の起こりにかかわる伝説では、強欲を悔いた衛門三郎(えもんさぶろう)が、人の役に立つ者として生まれ変わりたいと願って世を去ったという。翌年、地元の河野(こうの)氏に生まれた子の手に、三郎の名を記した石が握られていたと伝わる。安養寺と呼ばれていた寺は、この逸話にちなんで石手寺と改めたとされる。

周辺の見どころとアクセス

石手寺は道後温泉の東約1kmに位置する。道後温泉は日本でも古い歴史を持つ温泉地で、それ自体が大きな目的地となっている。寺へ続く参道は昔ながらの仲見世形式で土産物店が並び、境内は遍路、地元の参拝者、観光客で一年を通してにぎわう。寺は『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で一つ星を得ている。鐘楼のほかにも、国宝の二王門、宝物館、岩を掘り抜いたマントラ洞窟、高さのある大師像などが境内に集まっている。

多くの参拝者は、徒歩、市内バス、あるいは伊予鉄道の道後方面の路面電車で訪れ、温泉街を巡る一日の行程に組み込んでいる。鐘楼は開かれた境内に立ち、境内に入れる時間であればいつでも外観を眺められる。鐘は一般の参拝者のために撞かれるものではないため、ここでの楽しみは音ではなく姿を見ることにある。

Q&A

Q鐘楼はいつ建てられたのですか。
A柱の墨書により、元弘3年(1333年)、室町前期の建立とされます。文献によっては「再建」と記すものもあり、同じ場所に先行する建物があった可能性が考えられます。
Q楼上の鐘は建物と同じ年代のものですか。
A鐘のほうが古いものです。銅鐘には建長3年(1251年)の銘があり、愛媛県で最古の在銘銅鐘とされます。鐘自体も重要文化財に指定されています。
Q「袴腰」とは何ですか。
A鐘楼の下層をおおう、裾を広げた板囲いの形式を指します。裾の広い袴に形が似ることからこの名があります。鎌倉時代以降に多く見られるようになった形式です。
Q中に入ったり、鐘を撞いたりできますか。
A鐘楼は中に入るのではなく、境内から眺める建物です。鐘も一般の参拝者のために撞かれることはありません。境内は開かれており、いくつかの角度から建物を観察できます。
Q石手寺にはほかにどんな指定文化財がありますか。
A二王門が国宝です。本堂、三重塔、護摩堂、訶梨帝母天堂、石造五輪塔、銅鐘、二王門安置の金剛力士立像が、いずれも重要文化財に指定されています。

基本情報

名称石手寺鐘楼(いしてじしょうろう)
所在地愛媛県松山市石手二丁目
指定区分重要文化財(建造物)/明治40年(1907年)5月27日指定
年代元弘3年(1333年)、室町前期/柱の墨書による
員数1棟
構造桁行三間、梁間二間、袴腰付、入母屋造、二軒、檜皮葺、和様
所有者石手寺
公開状況開かれた境内に立ち、外観を見学可能。鐘は一般参拝者のために撞かれません。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3313
文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195970
石手寺鐘楼(松山市公式ホームページ)
https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/kuni/isiteji_shourou.html
えひめの文化財(愛媛県)
https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/07.html
石手寺(四国八十八ヶ所霊場会)
https://88shikokuhenro.jp/51ishiteji/

最終更新日: 2026.06.02