水田天満宮東門とは

水田天満宮東門は、福岡県筑後市水田の水田天満宮で境内東面の中央に開く慶応4年(1868年)建築の四脚門で、令和7年(2025年)8月6日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「みずたてんまんぐうひがしもん」。

水田天満宮東門の屋根は切妻造の本瓦葺で、門口の幅にあたる間口は2.7m。門扉を吊る2本の本柱の前後に、計4本の控柱を立てて支える。

慶応4年は、9月に元号が明治へ改められた年である。水田天満宮東門は、江戸時代の最後の年に建てられた門ということになる。

水田天満宮東門が登録有形文化財になった理由

水田天満宮東門の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は40-0239。文化庁は解説の結びで、全体に質実なつくりで境内東面の景観の要となる門と述べている。

派手な彫刻に頼らず、柱と貫と組物の構成で形を整えた門であり、境内の東側の塀の線のなかで、出入口の位置を本瓦の屋根が示している。

水田天満宮東門の見どころ

まず柱を見比べたい。門扉の付く本柱は丸い円柱、後ろの控柱は四角い角柱で、断面の違う柱を頭貫と腰の高さの長押でつないで固めている。

組物は大斗絵様肘木。大斗の上に載る肘木の側面に、渦や若葉をかたどった絵様の線を彫り出す。軒は垂木を二段に重ねて細かく並べた垂木である。

妻側に回ると、虹梁の上に大瓶束を立て、その両脇を笈形で飾る妻飾が見える。門の下に入って見上げると、天井を張らずに垂木や軒裏をそのまま見せる化粧軒裏で、文化庁のデータベースにもこの軒裏の写真が載る。門口には板扉が付く。

同じ四脚門でも、17年前に建った西門が出組の組物と彫刻を重ねるのに対し、水田天満宮東門は大斗絵様肘木にとどめている。両方の門を見て回ると、つくりの差がよく分かる。

水田天満宮東門の見学

水田天満宮東門は境内の東側の出入口で、参拝のときに外観を自由に見られる。正面は門の東側の外から、化粧軒裏は門の下に立って見上げるとよい。門口の板扉の開閉時刻について、水田天満宮の案内は見当たらない。

撮影について水田天満宮の明確な案内は見つからなかったので、祭事の最中などは社務所に確かめたい。境内への行き方と参拝の条件は、水田天満宮のページにまとめてある。

Q&A

Q水田天満宮東門はいつ建てられましたか?
A慶応4年(1868年)の建築です。この年の9月に元号が明治に改められたため、江戸時代最後の年の門にあたります。
Q水田天満宮東門はどのような形式の門ですか?
A本柱2本の前後に控柱4本を立てる四脚門で、屋根は切妻造の本瓦葺、間口は2.7mです。
Q水田天満宮東門はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で、令和7年(2025年)8月6日に登録されました。質実なつくりで境内東面の景観の要とされています。
Q水田天満宮東門で注目したい部分はどこですか?
A円柱の本柱と角柱の控柱の組み合わせ、絵様を彫った肘木、虹梁と大瓶束と笈形の妻飾、門の下で見上げる化粧軒裏です。
Q水田天満宮東門は見学できますか?
A境内の東側の出入口にあり、参拝の際に外観を自由に見られます。撮影の可否は明示されていないため、祭事中などは社務所に確かめてください。

基本情報

名称水田天満宮東門
所在地福岡県筑後市大字水田字上町64-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和7年(2025年)登録
員数1棟
寸法間口2.7m
所有者水田天満宮
公開状況境内は参拝自由(外観を見学可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):水田天満宮東門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015518
文化遺産オンライン:水田天満宮東門
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/612453
文化庁:文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和7年3月21日 別紙
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94187801_01.pdf

最終更新日: 2026.10.01