福岡県・大正
Taishō福岡県 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
旧蔵内家住宅便所は、福岡県築上町の蔵内家本家で屋敷南側の入口脇に立つ大正10年頃の便所。建築面積5.7平方メートルと12棟で最小だが、自然木の丸柱、丸太の垂木、墨壁の丸窓で数寄屋風に丁寧にまとめている。
旧サッポロビール九州工場組合棟は、大正6年(1917年)建築の煉瓦造平屋建。床を地盤面より1.7メートル高く上げ、柱形や石の要、パラペットを備えた重厚な外観をもつ。床下には地下室があり、醸造棟の北側に近接して建つ。
旧サッポロビール九州工場事務所棟は、大正2年(1913年)に帝国麦酒門司工場の事務所として建った鉱滓煉瓦造2階建。中央を塔状に立ち上げた左右対称の正面が特徴で、門司麦酒煉瓦館として令和8年5月に改修を終え再開館した。
旧サッポロビール九州工場醸造棟は、大正2年(1913年)から平成12年まで実際にビールを造った赤煉瓦の醸造所。製造工程に合わせた2・3・4・7階建の建物をコの字に連結し、内部は年2回ほどの一般公開時に見学できる。
旧サッポロビール九州工場倉庫は、大正2年(1913年)建築の煉瓦造2階建の倉庫。切妻造の倉庫を2列に並べ、木造クイーンポストの小屋組で大空間を確保した。4棟で唯一「再現することが容易でないもの」として登録された。
福岡県田川市新町の高台に東面して建つ大正3年築の木造住宅。入母屋造妻入の二階建に入母屋造平屋が北接し、平屋部分は前後二列の六間取で前列北室に床を構える。国土の歴史的景観に寄与するとして平成23年に登録有形文化財となった。
福岡県北九州市若松区の旧古河鉱業若松ビルは、大正8年に古河鉱業の支店事務所として建った煉瓦造2階建。鋭角の角地に南西の大塔と南東の小塔を構える。解体寸前だったが住民の署名運動が覆した。入館無料、火曜休館。
福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油煙突は、大正4年(1915年)に高さ19メートルで築かれた煉瓦造の煙突。八角形の底部とイギリス積の躯体、2005年の地震で9.5メートルになった経緯と、造形の規範とされた理由を紹介。
福岡県大川市小保の浄福寺離れ座敷は大正5年(1916年)頃、客僧をもてなすため本堂背後に建てられた入母屋造桟瓦葺の座敷棟。床脇を廊下へ張り出して七畳間とした付書院の床構えが、旧吉原家住宅に似た地域色を示す。
福岡県柳川市の掘割沿いに並ぶ三棟の煉瓦蔵、その中央に立つ一棟。フランス積の壁に櫛形アーチを二箇所穿ち、その上に登梁を中柱で受けた和小屋を載せる。妻面だけが木造の横板貼で、舟から三棟を見分ける目印になる。
日本福音ルーテル久留米教会礼拝堂は福岡県久留米市日吉町にある大正7年(1918年)の煉瓦造の礼拝堂で、登録有形文化財。東北隅に鐘楼と玄関を設け、内部はシザーズ・トラスを架けた柱のない空間とする。ヴォーリズの初期の設計の特徴をよく示す。
福岡県小郡市干潟の松岡家住宅主屋は、大正12年に造り酒屋の住まいとして完成した木造建築。西端の土間には力強い梁組が吹抜けに組み上がり、東側には十五畳の広間が張り出す。平成27年に国の登録有形文化財となった。
福岡県うきは市吉井町の南久保田家住宅裏門は大正4年(1915年)ごろの門で、屋敷8件のうち最も小さい。農業倉庫の東隣に建ち、南面東寄りに門口を開いて両開きの板戸を吊る。2012年に登録有形文化財となった。
福岡県うきは市の南久保田家住宅材木置場及び脇門は大正4年(1915年)ごろの付属屋。脇部屋・脇門・材木置場が矩折れに延長23.5メートル続き、表庭側を漆喰塗、裏を吹放ちとする。2012年に登録有形文化財となった。
福岡県うきは市吉井町福永の南久保田家住宅主屋は大正4年(1915年)の大型民家。桁行24.6メートル、入母屋造桟瓦葺で、18畳の主室にスギ板の鏡天井を張る。2012年に登録有形文化財となった。個人所有で内部は非公開。
福岡県うきは市吉井町の南久保田家住宅ツキアタリ蔵は、大正後期に建てられた木造2階建の家財蔵。米蔵と農業倉庫の間に建ち、出入口のある東面全長に下屋を付けて薪置場などに区切る。2012年に登録有形文化財となった。
福岡県うきは市の南久保田家住宅味噌部屋は大正前期の木造平屋建の小屋。主屋南側の水路脇に建ち、出入口を北の主屋の土間に向けて庇を付ける。旧家の暮らしを伝える建物として2012年に登録有形文化財となった。
明光寺霊屋は福岡市博多区吉塚の曹洞宗寺院、明光寺で本堂の北西に建つ位牌堂。大正15年(1926年)に鉄筋コンクリート造で再建され、円柱の舟肘木や長押、両妻面の花頭窓、堂内の虹梁形の貫まで木造の形を写している。
明光寺本堂は福岡市博多区吉塚の曹洞宗寺院、明光寺の本堂。火災後の大正13年(1924年)に鉄筋コンクリート造で再建され、柱梁を鼠漆喰、壁を白漆喰で塗り分ける。六間取の堂内、登録の理由、見学の注意をまとめる。
福岡市中央区谷の吉村家住宅に大正14年頃に建てられた井戸の覆い屋。4本の杉丸太の柱を内転びに立てて切妻造桟瓦葺の屋根を支える壁のない小建築で、屋根の下にはコンクリート製の丸井戸がある。令和3年に登録された。