三宅家住宅新米蔵とは

三宅家住宅新米蔵(みやけけじゅうたくしんこめぐら)は、広島県安芸郡海田町稲荷町にある明治後期(1898年から1912年)の土蔵造2階建の米蔵で、平成29年(2017年)5月2日に登録有形文化財となった。屋根は瓦葺、建築面積は29平方メートルある。

三宅家住宅新米蔵は敷地の中央、東側に建ち、北隣に衣裳蔵がある。正面は西の通路側を向き、通路をはさんで江戸時代後期の古米蔵と向かい合う。敷地の南端を画す裏長屋門にも近い。

規模は桁行3間、梁間2間の小さな蔵で、内部は1階・2階とも1室である。

登録の理由と価値

三宅家住宅新米蔵の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、この蔵が小作米を貯蔵していた土蔵であったことを記している。

小作米とは、三宅家の土地を耕す小作人が年ごとに納めた米のことである。広島県の紹介は、三宅家(本家)を農業を基盤としながら金融業なども営んだ家としている。新米蔵の用途は、その「農業を基盤とする」という部分を、建物として具体的に裏づけている。

登録された4棟の土蔵のうち、用途が解説に明記されているのは三宅家住宅新米蔵だけである。街道に店を構えた商家でありながら、地主として小作米を集めていた家の一面が、この小さな蔵に残されている。

見どころ

南の妻面に開く2つの窓

三宅家住宅新米蔵の窓は、南の妻面に2か所開く。通路に面した正面ではなく、建物の短い辺の側に窓を設けているのがこの蔵の特徴である。米を納める蔵として、湿気を逃がすための風の通り道を南側に確保したとも考えられるが、その意図を記した資料はない。

正面全長の庇

通路に面した正面には、全長にわたって庇を設ける。北隣の衣裳蔵も正面の全長に庇をかけており、通路の東側に並ぶ2棟は、庇の線がそろって続く構えになっている。

裏長屋門に近い位置

三宅家住宅新米蔵は、4棟の土蔵のなかで最も南寄り、つまり河岸に面した裏長屋門にいちばん近い側にある。裏長屋門には厩舎が付いており、米俵の出し入れがこの門を通じて行われた可能性はある。ただし、米の運び出しの経路を示す記録は確認できていない。

見学

三宅家住宅新米蔵は個人の住宅の敷地内にあり、蔵の内部も敷地も公開されていない(2026年9月27日確認)。

蔵は敷地の中央、通路の東側に建ち、庇のある正面は通路側の西を向いている。旧西国街道からは主屋の奥になり、三宅家住宅新米蔵を道から見ることは難しいと考えておきたい。敷地の中をのぞき込むことは控えたい。

Q&A

Q三宅家住宅新米蔵はいつ建てられましたか。
A明治後期(1898年から1912年)の建築です。
Q三宅家住宅新米蔵には何が納められていましたか。
A文化庁の解説によれば、小作米を貯蔵していた土蔵です。
Q三宅家住宅新米蔵の大きさはどのくらいですか。
A桁行3間、梁間2間の土蔵造2階建で、建築面積は29平方メートルです。内部は1階・2階とも1室です。
Q三宅家住宅新米蔵の窓はどこにありますか。
A南の妻面に2か所開いています。通路に面した正面には、全長にわたって庇を設けています。
Q三宅家住宅新米蔵は見学できますか。
A敷地も内部も非公開です。敷地の内側に建つため、道から見ることは難しいと考えられます。

基本データ

名称三宅家住宅新米蔵(みやけけじゅうたくしんこめぐら)
所在地広島県安芸郡海田町稲荷町184
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 34-0211
指定年平成29年(2017年)5月2日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積29平方メートル
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

国指定文化財等データベース 三宅家住宅新米蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011561
国指定文化財等データベース 三宅家住宅裏長屋門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011562
三宅家住宅主屋(江戸の世のひろしま探訪、広島県)
https://hiroshima-history.com/spot/miyakeke/
文化財(近世)(海田町)
https://www.town.kaita.lg.jp/site/kaita-info/698.html
三宅家住宅が国登録有形文化財(建造物)へ(広報かいた 2017年1月号、海田町)
https://www.town.kaita.lg.jp/img/koenokouhou/201701/02.html

最終更新日: 2026.09.26