大火のあとの町で、洋風を選ばなかった店
きそば東京庵店舗兼住宅は、茨城県石岡市国府にある昭和7年(1932年)頃の木造2階建の店舗兼住宅で、平成15年(2003年)7月1日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建った時期に意味がある。石岡市の記録によれば、昭和4年(1929年)3月14日に市街地を焼いた大火は、中町から金丸町、守木町、守横町、富田町、貝地までを巻き込み、606戸1700棟が失われた。復興にあたって中町通りは拡幅され、当時の東京で流行していた看板建築、つまり正面を垂直に立ち上げて銅板やモルタルで洋風に飾る店舗兼住宅が次々に建った。石岡市は現在も、看板建築が中心市街地の景観を特徴づけていると説明している。
きそば東京庵店舗兼住宅は、その流行に乗らなかった建物である。正面を平らな壁として立ち上げる代わりに、入母屋造の屋根の妻側を街路に向けた。石岡市の解説は、数寄屋風の洒落た意匠はこの地域では珍しいと述べる。同じ大火のあとに建ちながら、参照した先が違っている。
きそば東京庵店舗兼住宅は何を評価されたのか
登録の基準は「造形の規範となっているもの」である。文化庁の国指定文化財等データベースは、きそば東京庵店舗兼住宅を木造2階建、鋼板葺、建築面積185平方メートルと記録し、東西に細長い敷地の形に合わせて建てられ、桁行は約25メートルに及ぶとする。間口を広く取った店ではない。奥へ長い。
正面は西側の街路を向く。妻入なので、街路からは入母屋の妻の三角形が正面に見える。その下に2階の軒庇と下屋庇が二段に張り出し、立面に水平の影の帯を二本引く。
数寄屋の手つきは細部に出る。文化庁は、全体に木割を細いつくりとし、軒を吹寄垂木とすると記す。吹寄垂木は垂木を等間隔に並べず、二本ずつ寄せて配する納め方で、茶室や数寄屋造の座敷まわりに使われる技法である。商家や食堂の軒に用いる例は多くない。柱や桁を細く割り付けたぶん、同じ木造2階建でも構えが軽く見える。
戦後に畳を外した客席
きそば東京庵店舗兼住宅は、建てられたときから蕎麦を出す店だった。石岡市は、戦後に座敷部分を取り払い、土間にテーブルと椅子を置いて客用の空間としたと記録している。畳に上がって食べる店から、履物のまま腰掛ける店へ切り替えた改造である。
この改造は外まわりの意匠に手を付けていない。細い木割と吹寄垂木は正面と軒にあり、客席の床をどう仕上げるかとは関係しないためだ。結果として、頭上には昭和7年頃の仕事が残り、足元では戦後の使い方が続く、という二層の状態になっている。
見るなら、まず街路の反対側に離れて妻面全体を視野に入れたい。入母屋の破風、二段に出る庇、細い部材の割付は、近づくとかえって分解して見える。全体をつかんだあとで軒下に寄り、垂木の間隔が一定でないことを確かめる順序がよい。
きそば東京庵店舗兼住宅の見学
きそば東京庵店舗兼住宅は個人が所有し、現役の蕎麦店として使われている建物である。文化財としての公開制度はなく、拝観料も見学の受付も設けられていない。外観は公道から自由に見られる。内部は営業時間中に客として入れば見られるが、それ以外の見学は想定されていない。
営業時間と定休日について、石岡市の文化振興課のページにも市の観光案内にも記載がない。訪ねる日の前に電話で確かめるか、現地の掲示を見るのが確実である。公道からの外観撮影に制限はない。店内は人が働いている場所なので、撮る前に一言断りたい。
JR常磐線の石岡駅西口から国府3丁目まで徒歩約7分。駅前の道を西へ進み、南北に走る通りへ出る。周辺には丁子屋店舗兼住宅や福島屋砂糖店店舗兼住宅など、同じ大火のあとに建った登録有形文化財が点在しており、洋風に立ち上がる正面が続くなかで、きそば東京庵店舗兼住宅の妻入の屋根は離れた位置からでも見分けがつく。この見学情報は2026年9月6日に確認した。
Q&A
- きそば東京庵店舗兼住宅の内部を見学できますか。
- 見学のための公開は行われていません。現役の蕎麦店として営業しており、営業時間中に客として入れば土間の客席を見られます。外観は公道からいつでも見られます。
- きそば東京庵店舗兼住宅はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
- 建築は昭和7年(1932年)頃です。国の登録有形文化財への登録は平成15年(2003年)7月1日、告示は同月17日で、登録番号は08-0074、第37回の登録にあたります。
- きそば東京庵店舗兼住宅の見どころはどこですか。
- 街路に向けた入母屋の妻面と、二段に張り出す軒庇・下屋庇です。軒を見上げると、垂木を二本ずつ寄せて並べる吹寄垂木が確認できます。細い木割とあわせて、数寄屋風の意匠がここに集まっています。
- きそば東京庵店舗兼住宅は看板建築ですか。
- 違います。看板建築は正面を垂直に立ち上げて洋風に飾る形式で、石岡市の中心市街地には昭和4年(1929年)の大火後に多く建ちました。きそば東京庵店舗兼住宅は同じ復興期の建物ですが、和風の屋根を街路に見せる構えを選んでいます。
- 石岡駅からきそば東京庵店舗兼住宅へはどう行きますか。
- JR常磐線の石岡駅で降り、西口から徒歩約7分です。所在地は茨城県石岡市国府3-3-16で、建物は街路の東側に建ち、西を向いています。
基本情報
| 名称 | きそば東京庵店舗兼住宅(きそばとうきょうあんてんぽけんじゅうたく) |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県石岡市国府3-3-16 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号08-0074 |
| 指定年 | 平成15年(2003年)7月1日登録(告示は同月17日) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、鋼板葺、建築面積185平方メートル。桁行約25メートル |
| 所有者 | 文化庁データベースに所有者名の記載なし |
| 公開状況 | 公道からの外観見学は自由。内部は営業中の蕎麦店として利用時のみ |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「きそば東京庵店舗兼住宅」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003352
- 石岡市公式ホームページ「きそば東京庵」
- https://www.city.ishioka.lg.jp/kosodate_kyoiku_sports/rekishi_bunka/kunitorokubunkazai/page000905.html
- 石岡市公式ホームページ「石岡市の登録文化財」
- https://www.city.ishioka.lg.jp/kosodate_kyoiku_sports/rekishi_bunka/kunitorokubunkazai/page000906.html
- 石岡市公式ホームページ「旧石岡市内の看板建築」
- https://www.city.ishioka.lg.jp/rekishitokioku/ishiokamodern/page001492.html
- 石岡市「石岡市街並み修景ガイドライン」(平成29年/2017年3月)
- https://www.city.ishioka.lg.jp/data/doc/1493193375_doc_103_1.pdf
- 石岡市公式ホームページ 市長日記「看板建築の街並み」
- https://www.city.ishioka.lg.jp/shiseijoho/shichonoheya/rekidai_shicho/shichonikki_2014_2020/shichonikki_2014/page002180.html
- 文化遺産オンライン「きそば東京庵店舗兼住宅」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/168662
最終更新日: 2026.09.06