0.55平方メートルの社殿

向日神社末社春日神社本殿は、京都府向日市向日町北山にある江戸時代後期の社殿で、平成27年(2015年)8月4日に登録有形文化財となった。木造平屋建、柿葺で、建築面積は0.55平方メートルである。

0.55平方メートルという数字は、畳一畳の三分の一ほどにあたる。向日神社末社春日神社本殿は、向日神社の境内にある登録建造物のなかで飛び抜けて小さい。形式は一間社流造、つまり正面の柱間が一つだけの流造で、覆屋の中に南を向いて納まる。

位置は本殿の北方、祖霊社の西方にあたる。覆屋に入っているため、参道からその姿は見えない。

森本村から移された社

この社殿はもともと向日神社の境内に建っていたものではない。近村にあった社を明治期に合祀したもので、向日市の記録によれば森本村から明治11年(1878年)に移された。

明治の初めには、各地で村の小さな社を近隣の大きな社へまとめる動きがあった。向日神社末社春日神社本殿は、その流れのなかでこの境内へ運ばれてきた建物である。移築にあたっては覆屋が用意され、現在もその中に置かれている。

移された社殿が建立されたのは江戸時代後期、1751年から1830年の間と推定されている。森本村での百数十年と、向日神社での百数十年。この小さな建物は、二つの場所でほぼ同じだけの時間を過ごしてきた計算になる。

小さいほど細かい

向日神社末社春日神社本殿の見どころは、寸法と装飾の密度が逆向きになっているところにある。

正面には軒唐破風が付く。屋根の軒先を弓なりに反らせた、本来は大きな社殿に使われる意匠である。それを間口一間の社殿に載せている。組物の肘木には繰形が付き、軒唐破風の妻飾には雲紋の彫刻が入る。身舎も庇も、手を抜いた部分がない。

0.55平方メートルの建物に、大きな社殿と同じ手間がかかっている。村の社として建てられた当時、この装飾がどれだけの費用と技量を要したかを考えると、森本村の人々がこの社に注いだ力の大きさが見えてくる。

向日神社末社春日神社本殿の見学

向日神社末社春日神社本殿は覆屋の中にあり、内部はもちろん、社殿そのものの全体も外からは見通しにくい。建物への立ち入りはできず、定期的な公開も行われていない。

見る位置としては、覆屋の正面にあたる南側に立つことになる。覆屋の開口部から、南を向いた社殿の正面と軒唐破風の反りが見える。雲紋の彫刻まで確かめたい場合は、目を暗さに慣らす時間が要る。

覆屋の中は暗く、フラッシュを使わない撮影ではかなり露出が伸びる。手すりや柵に寄りかからず、自立できる姿勢で構えたい。撮影は通常認められている。境内への行き方と拝観の条件は向日神社のページにまとめてある。

Q&A

Q向日神社末社春日神社本殿はどのくらいの大きさですか?
A建築面積0.55平方メートルです。畳一畳の三分の一ほどにあたり、向日神社の境内にある登録建造物のなかで飛び抜けて小さい社殿です。
Q向日神社末社春日神社本殿はいつ移築されましたか?
A向日市の記録によれば、森本村にあった社を明治11年(1878年)に移したものです。社殿自体の建立は江戸時代後期と推定されています。
Q向日神社末社春日神社本殿の見どころはどこですか?
A小さな社殿に施された装飾の密度です。正面に軒唐破風を付け、組物の肘木に繰形、軒唐破風の妻飾に雲紋の彫刻を入れています。
Q向日神社末社春日神社本殿はどこから見えますか?
A本殿の北方、祖霊社の西方にある覆屋の中に納まっています。覆屋の南側の開口部から社殿の正面を見る形になります。
Q向日神社末社春日神社本殿の建築様式は何ですか?
A正面の柱間が一つだけの一間社流造で、屋根はこけら葺です。正面に軒唐破風を付けています。

基本データ

名称向日神社末社春日神社本殿
所在地京都府向日市向日町北山65
指定区分登録有形文化財
指定年平成27年(2015年)8月4日登録
員数1棟
寸法建築面積0.55平方メートル、一間社流造
所有者宗教法人向日神社
公開状況覆屋内のため内部非公開、外観のみ見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 向日神社末社春日神社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010650
向日市 向日神社本殿を取り囲む境内社13棟
https://www.city.muko.kyoto.jp/site/rekishi/2443.html
向日市 向日神社
https://www.city.muko.kyoto.jp/site/rekishi/1061.html

最終更新日: 2026.09.14