屋根の下にもう一つの屋根

向日神社末社天満宮社本殿は、京都府向日市向日町北山にある天保4年(1833年)建立の社殿で、平成27年(2015年)8月4日に登録有形文化財となった。木造平屋建、瓦葺、建築面積は20平方メートルである。

この社殿の変わっているところは、建物の中にもう一つ建物があるように見えることにある。後端の間の後ろ寄りに内陣を設け、そこだけ床を腰高に張り上げる。三室に仕切って幣軸構の板唐戸を吊り、正面には刎高欄付の縁と木階を設け、さらに柿葺の屋根を架ける。

外側の本体は瓦葺である。その瓦屋根の下に、こけら葺の小さな屋根が納まっている。向日神社末社天満宮社本殿は、内殿を独立した社殿のように仕立てた構成をとる。

切妻に切妻を合わせる

向日神社末社天満宮社本殿の外観も通例から外れている。本体は切妻造で、その前面に切妻造の妻入とした向拝を併設する。

向拝は本来、本体の屋根から前へ差し掛けるように付ける。ここではそうせず、独立した切妻の小屋根を妻側から本体へ突き当てている。正面から見ると、三角形の妻面が手前に一つ、その奥に本体の棟が横向きに走る。屋根の向きが直交するので、輪郭が十字に近い形になる。

文化庁の解説は、この構えを独特のものとする。同じ天保期の造営でも、幣拝殿が彫刻で見せるのに対し、この社殿は屋根の組み合わせ方そのもので見せている。

参道から見える社

向日神社末社天満宮社本殿は、境内の東寄り、参道の北方に南を向いて建つ。覆屋に入っていないので、参道を登る途中で外観をそのまま見ることができる。境内の末社のなかで、これは数少ない条件である。

正面に立つと、刎高欄の付いた縁と木階が目の高さより少し上に来る。刎高欄は端が跳ね上がった高欄で、小さな社殿にこれを付けると、それだけで格が上がって見える。

内陣の三室は板唐戸で閉じられているため、中は見えない。ただし縁の高さと木階の段数から、腰高に張られた床がどのあたりにあるかは外から推し量れる。この社殿に隣接して同じく登録された瑞垣が取り付く。

向日神社末社天満宮社本殿の見学

向日神社末社天満宮社本殿は内部非公開で、建物への立ち入りはできない。板唐戸は閉じられており、内陣を見ることはできない。

参道の北側に立てば正面の全体が見える。屋根の交差を確かめるなら、正面からやや斜めに外れた位置のほうがよい。真正面からだと二つの切妻が重なって見えるが、斜めに回ると手前の向拝と奥の本体が分離して見える。

南を向いているため、午後は正面に光が当たって細部が飛びやすい。朝から昼前にかけてのほうが、木階や高欄の影が立つ。撮影は通常認められている。境内への行き方と拝観の条件は向日神社のページにまとめてある。

Q&A

Q向日神社末社天満宮社本殿はいつ建てられましたか?
A天保4年(1833年)の建立です。幣拝殿及び本殿覆屋が建てられた天保13年(1842年)より9年早く、天保期の造営のなかでは先行します。
Q向日神社末社天満宮社本殿の構造の特徴は何ですか?
A切妻造の本体の前面に、切妻造妻入の向拝を併設します。屋根の向きが直交するため、正面の輪郭が十字に近い形になります。
Q向日神社末社天満宮社本殿の内陣はどうなっていますか?
A後端の間の後ろ寄りに腰高の床を張り、三室に仕切って板唐戸を吊ります。正面に刎高欄付の縁と木階を設け、こけら葺の屋根を架けて内殿風としています。
Q向日神社末社天満宮社本殿は参道から見えますか?
A見えます。境内の東寄り、参道の北方に南を向いて建ち、覆屋に入っていないため外観をそのまま見ることができます。
Q向日神社末社天満宮社本殿の大きさはどのくらいですか?
A建築面積20平方メートル、木造平屋建で屋根は瓦葺です。境内の末社のなかでは大きい部類にあたります。

基本データ

名称向日神社末社天満宮社本殿
所在地京都府向日市向日町北山65
指定区分登録有形文化財
指定年平成27年(2015年)8月4日登録
員数1棟
寸法建築面積20平方メートル、内陣は三室
所有者宗教法人向日神社
公開状況内部非公開、外観のみ見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 向日神社末社天満宮社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010652
向日市 向日神社本殿を取り囲む境内社13棟
https://www.city.muko.kyoto.jp/site/rekishi/2443.html
向日市 向日神社
https://www.city.muko.kyoto.jp/site/rekishi/1061.html

最終更新日: 2026.09.14