波多腰家住宅米蔵とは

波多腰家住宅米蔵は、長野県松本市波田にある明治12年(1879年)上棟の土蔵で、平成12年(2000年)4月28日に国の登録有形文化財に登録された。登録番号は20-0037である。

主屋の北側に東西一列に並ぶ倉庫群のひとつで、西に味噌蔵、東に納屋が接する。土蔵造の2階建で、桁行7間、梁間3間、建築面積は93平方メートル。屋敷に残る蔵のなかで最も大きい。

年代は推定ではない。松本市によれば、地棟木に墨書があり、明治12年10月8日に波多腰八九郎の代に建てた旨が記されている。

「再現することが容易でない」土蔵

波多腰家住宅米蔵は、登録基準のうち「再現することが容易でないもの」として登録された。文化庁の解説は、質の高い土蔵造であることと、地棟木の墨書で建築年代が明らかなことを挙げている。

腰壁には瓦を張り、その目地を亀甲形に通している。雨の跳ね返りを受けやすい壁の下部を瓦で守る仕上げで、目地を六角形に割り付けるぶん、手間は格段に増える。

屋根は置屋根形式の切妻造である。土で塗り固めた蔵の本体の上に、別に組んだ屋根を載せる形式をいう。正面には塗籠の下屋を設け、出入口のまわりも土壁で包み込んでいる。

見どころ

正面に立ったら、まず腰の瓦張を見たい。亀甲の目地が白く浮かび、壁の下半分に規則正しい模様をつくっている。

次に壁と屋根の取り合いへ目を移す。屋根が蔵の本体と別に組まれているため、土壁の箱の上に屋根を据えた構成として読める。

倉庫群の並びで見ると、規模の違いがよく分かる。西隣の味噌蔵は間口2間、東隣の納屋は間口9間の平屋で、桁行7間の2階建である米蔵が列の要になっている。

波多腰家住宅米蔵の見学

波多腰家住宅米蔵は、主屋の前庭から門の付いた塀で仕切られた倉庫群の中にある。個人の住まいの一部で、内部は公開されていない。敷地には立ち入らず、外から見られる範囲で眺めたい。

屋敷への行き方と見学の注意は、波多腰家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q波多腰家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A地棟木の墨書から、明治12年(1879年)10月8日の上棟と分かっています。
Q波多腰家住宅米蔵の大きさはどのくらいですか?
A桁行7間、梁間3間の土蔵造2階建で、建築面積は93平方メートルです。屋敷の蔵のなかで最も大きな建物です。
Q波多腰家住宅米蔵の腰壁はどんな仕上げですか?
A瓦を張り、目地を亀甲形に通した瓦張です。雨の跳ね返りから壁の下部を守る仕上げです。
Q波多腰家住宅米蔵はなぜ登録有形文化財なのですか?
A「再現することが容易でないもの」の基準で登録されました。質の高い土蔵造であることと、地棟木の墨書で建築年代が明らかなことが評価されています。
Q波多腰家住宅米蔵の内部は見学できますか?
A個人の住まいの一部のため、内部は公開されていません。

基本データ

名称波多腰家住宅米蔵
所在地長野県松本市波田6492
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)4月28日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積93平方メートル、桁行7間、梁間3間
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅)。敷地外から外観のみ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)波多腰家住宅米蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001699
松本市 波多腰家住宅〔11棟〕
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/3784.html
八十二文化財団 信州の文化財 波多腰家住宅米蔵
https://www.82bunka.or.jp/bunkazai/detail.php?no=4703

最終更新日: 2026.09.24