精米所として建ち、昭和35年ごろに移された蔵

梅ヶ枝酒造旧北蔵は、長崎県佐世保市城間町の梅ヶ枝酒造の敷地北側に建つ明治期の土蔵造の建物で、昭和35年(1960年)ごろに現在地へ移築され、平成14年(2002年)2月14日に国の登録有形文化財となった。住居(離れ)の北に位置する。

もとは精米所だった。酒造りでは原料米の外側を削って雑味の元を落とすため、精米は仕込みに先立つ最初の工程になる。登録された7棟のなかで、原料の段階を受け持っていた建物は梅ヶ枝酒造旧北蔵だけである。

移築前は、主屋の西に建つ貯蔵蔵のさらに北にあった。文化庁の解説が示す位置関係から読むと、敷地の北西寄りから北東寄りへ移されたことになる。移築の理由を記した公開資料は見当たらない。

大きな規模が示すもの

梅ヶ枝酒造旧北蔵の規模は桁行19.7メートル、梁間6.7メートル。切妻造桟瓦葺の本体の南東部に、桁行7.9メートル、幅1.9メートルの張り出しを設ける。本体で約132平方メートル、張り出しで約15平方メートルとなり、足し合わせると登録上の建築面積147平方メートルにほぼ一致する。

桁行は7棟のうちもっとも長い。文化庁の解説はこの規模の大きさに触れ、梅ヶ枝酒造が事業を広げた時期の様子を伝える遺構のひとつと評価している。原料米を大量に扱う必要が生じたことが、長い一棟の精米所として形になったと考えられる。

階数の記録は一致しない。文化庁データベースの構造欄は「土蔵造平屋建」、同じページの解説文は「2階建」と記している。外観から判断できる部分もあるため、現地で屋根と開口の位置を見比べると、記録の食い違いを自分の目で確かめられる。

梅ヶ枝酒造旧北蔵の見どころ

注目したいのは南東の張り出しである。長さ7.9メートルに対して幅は1.9メートルしかなく、本体の長い壁面に細い下屋のように取り付く。精米所として使われていた当時の作業の都合で付けられたものか、移築の際に整えられたものかは資料からは分からないが、長い本体との対比は外観の特徴になっている。

土蔵造の厚い壁と、19.7メートルにわたって続く切妻屋根の棟線も見ておきたい。明治の建物が昭和に場所を変え、その後も使われ続けて登録に至った経緯は、敷地の配置が固定されたものではなく、家業に合わせて組み替えられてきたことを示している。

梅ヶ枝酒造旧北蔵の見学

梅ヶ枝酒造旧北蔵の現在の用途は公表資料に記載がなく、内部の公開も案内されていない。外観は敷地の北側に回った位置から見ることになるが、作業中の場所に近いため、蔵見学の際に案内する人の指示に従って見るのが確実である。

敷地への行き方と蔵見学の予約条件は、梅ヶ枝酒造のページにまとめてある。

Q&A

Q梅ヶ枝酒造旧北蔵はもともと何の建物でしたか?
A精米所でした。酒の原料米を精白する、仕込み前の工程を担っていた建物です。
Q梅ヶ枝酒造旧北蔵はいつ移築されましたか?
A明治期の建物を昭和35年(1960年)ごろに現在地へ移しました。移築前は貯蔵蔵の北に建っていました。
Q梅ヶ枝酒造旧北蔵は平屋ですか、2階建ですか?
A文化庁データベースの構造欄は平屋建、解説文は2階建としており、記録が一致しません。
Q梅ヶ枝酒造旧北蔵の大きさはどのくらいですか?
A桁行19.7メートル、梁間6.7メートルで、南東に長さ7.9メートル、幅1.9メートルの張り出しがあります。建築面積は147平方メートルです。
Q梅ヶ枝酒造旧北蔵の中は見学できますか?
A内部の公開は案内されていません。外観は蔵見学の際に案内に従って見るのが確実です。

基本情報

名称梅ヶ枝酒造旧北蔵
所在地長崎県佐世保市城間町317
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成14年(2002年)2月14日 登録
員数1棟
寸法桁行19.7メートル、梁間6.7メートル、南東張り出し桁行7.9メートル・幅1.9メートル、建築面積147平方メートル
所有者梅ヶ枝酒造株式会社
公開状況内部の公開は案内なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「梅ヶ枝酒造旧北蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002733
文化庁 国指定文化財等データベース「梅ヶ枝酒造貯蔵蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002732

最終更新日: 2026.09.19