二宮家住宅農舎 ― 俵柳の農家の屋敷を構える附属屋

二宮家住宅農舎は、新潟県新潟市江南区俵柳にある昭和23年(1948年)建築の木造2階建の農作業用の建物で、平成12年(2000年)に国の登録有形文化財に登録された。瓦葺で、建築面積は77平方メートルある。

俵柳は新潟市街の南方、信濃川の東岸に広がる農村である。二宮家の屋敷は東を正面とした細長い敷地で、奥に主屋が建ち、その手前に農舎や堆肥小屋などの附属屋が並ぶ。農舎は主屋の前面に位置し、屋敷の表側の景観をつくる建物の一つである。

同じ敷地の主屋は大正7年(1918年)の建築で、大正6年(1917年)の水害の後に再建されたものである。主屋と農舎は平成12年(2000年)4月28日にそろって登録された。なお、北蒲原郡聖籠町蓮野の二宮家(建物15件が登録有形文化財)は、文化庁の解説によればこの俵柳の二宮家の分家にあたる。名前は同じでも、所在地も登録年も異なる別の屋敷である。

登録の理由と価値

二宮家住宅農舎は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、農舎が主屋と一体となって屋敷の構えをかたちづくっている点を評価している。

建物は切妻造・桟瓦葺で、東と北に庇を出す。倉庫として使うために柱を高く取り、西側には2階の部屋を設けた。収穫物や農具を収める高い土間の空間と、人が寝起きや作業に使える2階の部屋を一つの建物にまとめた、実用本位のつくりである。

建築年の昭和23年(1948年)は、戦後の農地改革が進められていた時期にあたる。二宮家住宅農舎は、大正の主屋と戦後の附属屋が一つの屋敷の中で組み合わさった、信濃川沿いの農家の屋敷の姿を伝えている。

見どころ

注目したいのは柱の高さである。倉庫として使うために柱を高く取っており、そのぶん切妻の妻面が大きく立ち上がる。東と北の庇は、屋外での作業や物の仮置きのための空間になる。

屋敷全体の配置も読みどころである。東を正面とし、手前に附属屋、奥に主屋を置く並びが、細長い敷地の中にそのまま残っている。主屋は切妻造・妻入の伝統的な形式で、農舎の切妻屋根と調子がそろっている。

見学方法

二宮家住宅農舎は個人が所有する私邸の附属屋で、一般には公開されていない。見学の受け入れも案内されていないため、敷地には立ち入らず、今も人が暮らす住まいであることを尊重したい。

所在地は新潟駅の南南西、直線でおよそ6キロメートルの俵柳地区である。周辺は住宅と農地が混じる地域で、見学用の駐車場などは設けられていない。

越後の大地主の屋敷を内部まで見学したい場合は、同じ江南区の沢海にある北方文化博物館(旧伊藤家住宅)が一般公開されている。

よくある質問

Q二宮家住宅農舎はいつ建てられましたか?
A昭和23年(1948年)です。同じ敷地の主屋は大正7年(1918年)の建築です。
Q二宮家住宅農舎は何に使われた建物ですか?
A農作業用の附属屋で、倉庫として使うために柱を高くし、西側に2階の部屋を設けています。
Q新潟市俵柳の二宮家住宅と聖籠町の二宮家住宅は同じですか?
A別の屋敷です。聖籠町蓮野の二宮家は俵柳二宮家の分家で、建物の登録は平成18年(2006年)です。俵柳の主屋と農舎は平成12年(2000年)の登録です。
Q二宮家住宅農舎は見学できますか?
Aできません。個人の私邸の附属屋で、一般公開はされていません。
Q二宮家住宅農舎はどこにありますか?
A新潟市江南区俵柳65-2で、信濃川東岸の農村地区にあります。新潟駅の南南西、直線でおよそ6キロメートルです。

基本情報

名称二宮家住宅農舎(にのみやけじゅうたくのうしゃ)
所在地新潟県新潟市江南区俵柳65-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)4月28日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積77平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(個人の私邸)

参考文献

国指定文化財等データベース「二宮家住宅農舎」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001573
文化遺産オンライン「二宮家住宅農舎」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/181483
文化遺産オンライン「二宮家住宅主屋」(新潟市江南区俵柳)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/166882
国指定文化財等データベース「二宮家住宅主屋」(北蒲原郡聖籠町蓮野)(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005958

最終更新日: 2026.09.24