大分県・鎌倉
Kamakura大分県 の鎌倉時代(1185 – 1333)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大分県宇佐市の宇佐神宮宝物館にある鎌倉時代の磬で、肩幅28.8センチメートル。承元3年(1209年)に法印祐清が弥勒寺金堂へ施入したことが銘文から分かり、基準作として貴重とされる。昭和28年に国宝へ指定された。
大分県臼杵市野津町にある鎌倉時代前期の石塔1基である。所有者が集落の名と26名の個人名との二通りで記されている。相輪を欠いており、昭和29年(1954年)に重要文化財へと指定された1基の石造塔である。
宇佐宮神領大鏡は、全国4万余社の八幡宮の総本宮・宇佐神宮の神領を記録した鎌倉時代前期の根本史料です。現存する唯一の鎌倉時代古写本として重要文化財に指定されています。
大分県の個人が守り伝える国指定重要文化財「紙本著色三十六歌仙切〈兼輔/佐竹家伝来〉」は、鎌倉時代13世紀に描かれた歌仙絵の最高傑作「佐竹本三十六歌仙絵巻」の断簡の一幅です。藤原信実筆と伝えられる似絵風の繊細な肖像表現と、後京極良経筆と伝わる気品ある書が一体となった、王朝美を今に伝える名品です。歌人・藤原兼輔(堤中納言)の姿と詠歌が描かれたこの一幅は、紫式部の曾祖父にあたる平安歌壇の中心人物の面影を伝えます。1919年の絵巻分割「絵巻切断」事件で全国に散った37幅のうちの一つで、その流転の物語と王朝文化の精華を訪ねる旅へ、大分の地から誘います。
大分県杵築市の財前家宝塔は、元応3年(1321年)銘をもつ総高2.97メートルの国東塔である。銘文から生前供養の逆修塔と分かる。昭和29年に国の重要文化財に指定され、丘には百基余の石塔が散在している。
大分県国東市の照恩寺宝塔は、正和5年(1316年)銘をもつ安山岩製の国東塔。廃仏毀釈で椿八幡社の池に倒され、明治22年に照恩寺へ移された。昭和8年に国の重要文化財に指定され、塔身の曲線の美しさで名高い。
大分県国東市国東町東堅来にある総高397センチの石造宝塔。元亨元年(1321年)に紀永貞が自らの逆修のため建てた国東塔で、在銘かつ完形のものでは最大とされる。昭和29年に国の重要文化財に指定されている。
大分県臼杵市深田の宝篋印塔は、通称を日吉塔という鎌倉後期の石造塔。凝灰岩の大石五個からなり総高は4メートルを超え、宝篋印塔として国内最大。昭和29年に重要文化財に指定された。満月寺の境内北端、竹林を背にして立つ。
大分県臼杵市の臼杵磨崖仏は、阿蘇の溶結凝灰岩に刻まれた平安後期から鎌倉時代の石仏群。古園石仏の大日如来像をはじめ四群61躯すべてが国宝で、磨崖仏として日本初の指定。仏頭復位の経緯や蓮の見頃、アクセスも案内する。