中山家住宅寮とは

中山家住宅寮は、大阪府松原市別所6丁目の中山家住宅に建つ江戸時代後期の客間棟で、長く滞在する客を泊めるために使われ、平成16年(2004年)3月2日に登録有形文化財(建造物)として登録された。

敷地の東辺、長屋門と南蛮蔵のあいだに建つ。木造平屋、切妻造の桟瓦葺で、桁行2間半・梁間2間、建築面積は21平方メートル。文化庁の登録では、江戸時代後期に建てられ、明治時代前期に改造されたとされる。南側には長屋門の供部屋が延びてきて接している。

中山家住宅寮の価値 ― 文人をもてなした客間

中山家住宅寮は、中山家が客を迎えた場として来歴が伝わる建物である。松原市の解説によれば、幕末ごろの当主中山善右衛門経孝は大坂の著名な漢詩人広瀬旭荘と親交があり、旭荘や勤王の志士たちをこの寮でもてなしたと伝えられている。

旭荘は豊後日田の私塾咸宜園を開いた広瀬淡窓の弟で、兄のあとに塾を率いたのち大坂へ移った人物である。旭荘が中山家に贈った「静嘉」の書と、『易経』の「積善之家」で始まる詩文は、今も中山家の座敷に掛けられているという。

村役人の家が学者や文人を招いて泊める場を別棟で持っていたこと自体が、近世後期の豪農の文化的な広がりを示している。

中山家住宅寮の見どころ

室内は北面に床の間と押入を設けた客間である。外壁は柱を見せる真壁造の漆喰塗りで、腰を縦羽目板張とする。

屋根には一工夫がある。北へ半間延ばした部分だけを本瓦葺とし、桟瓦葺の本体と葺き方を変えている。文化庁の解説は、中山家住宅寮を前庭の景観を構成する要素と位置づける。長屋門をくぐった客が最初に目にする庭の一角を、この客間がつくっていたことになる。

中山家住宅寮の見学

中山家住宅寮は長屋門の内側、前庭に面して建つため、敷地の外からその姿を確かめることはできない。中山家住宅は現在も住まいとして使われており、敷地内・建物内とも非公開である。

屋敷の配置と外から見える範囲は、中山家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q中山家住宅寮とはどんな建物ですか?
A長く滞在する客のための客間棟です。北面に床の間と押入を設けた木造平屋で、建築面積は21平方メートルです。
Q中山家住宅寮に泊まった人は?
A松原市の解説によると、幕末ごろの当主中山善右衛門経孝が漢詩人広瀬旭荘や勤王の志士をこの寮でもてなしたと伝えられています。
Q中山家住宅寮はいつ建てられましたか?
A江戸時代後期の建築で、明治時代前期に改造されています。平成16年(2004年)3月2日に登録有形文化財となりました。
Q中山家住宅寮は見学できますか?
A見学できません。中山家住宅は居住中の住宅で、敷地内・建物内とも公開されていません。
Q中山家住宅寮はどこにありますか?
A中山家住宅の敷地の東辺、長屋門と南蛮蔵のあいだにあり、前庭に面しています。

基本情報

名称中山家住宅寮
所在地大阪府松原市別所6-623
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)3月2日登録
員数1棟
寸法建築面積21平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(居住中の住宅のため敷地内・建物内とも見学不可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)中山家住宅寮
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004001
松原市 国登録有形文化財 中山家住宅
https://www.city.matsubara.lg.jp/docs/page3510.html
松原市 松原歴史ウォーク100 国の登録文化財の中山家住宅
https://www.city.matsubara.lg.jp/bunka/work/11/7750.html

最終更新日: 2026.09.25