江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷で最も古い江戸中期の土蔵。桁行三間・梁間二間の2階建で、妻中央の太い柱に地棟を渡して登梁を架け、内壁は真壁造とする。離れ書院の東で台所棟に接する。平成29年に登録有形文化財。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷で、表長屋門の背後にT字形に接続する江戸末期の内長屋門。間口2メートルの内門を中央に開き、表書院前と主屋玄関前の空間を明瞭に区切る。類例のほとんどない形式で、平成29年に登録。
大阪府貝塚市畠中の岸和田藩七人庄屋・要家の屋敷に建つ江戸中期の書院。藩主の御成のため二間半の式台と八畳の座敷を備えながら、藩主の倹約に従って長押を省いた。平成29年(2017年)に登録有形文化財となった。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷の正面に建つ江戸後期の長屋門。桁行十八間の土蔵造平屋建で、表書院への表門と主屋への台所門を開き、御成のための居室や納屋、厩を備える。外観は道から見ることができる。平成29年に登録。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷に建つ江戸末期の小さな土蔵で、「かねのとぐら」と読む。扉口に片開き板戸・鉄板張板戸・格子戸を三重に建て込み、庇の持送りには繰形を刻む。登録された4棟の蔵で最小。平成29年登録。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷に建つ江戸末期の土蔵。唐戸蔵と正面を向け合い、道蔵とともにコの字形の蔵の一画をつくる。屋根はスレート葺だが南面と扉口の庇は本瓦葺とし、小屋組は和小屋。平成29年に登録有形文化財。
大阪府貝塚市畠中の岸和田藩七人庄屋・要家の屋敷を囲む江戸末期の土塀。総延長222メートルの本瓦葺で、隅は円弧を描いて続き、西面に腕木門を開く。書院や蔵と違い、敷地の外から見られる数少ない構成要素である。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷で表書院の西に接続し、表側と主庭を区切る江戸後期の門。藩主の御成に備えて設けられ、門口1.8メートルの色土壁の瀟洒な造りで、西に腰掛待合と雪隠を付ける。平成29年に登録された。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷で、中門の西端から北へ延びて主庭と奥庭を分ける江戸末期の庭門と土塀。庭門は折枝で飾る数寄屋風の腕木門、塀は総延長24メートルで南側が本瓦葺、北側が桟瓦葺となる。平成29年登録。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷の奥に建つ元文3年(1738年)の書院で、「聴雨軒」とも呼ばれる。花頭窓の付書院、七宝の釘隠や引手、花狭間の欄間、二畳台目の茶室を備え、表書院と対照的に華やか。平成29年登録。
大阪府貝塚市畠中の要家屋敷の東辺中央に建つ江戸後期の土蔵で、屋敷内で最大の規模を持つ。桁行七間の内部を二室に分け、扉口の持送りに猪目を刻み、外に面した格子窓は塗り込める。平成8年改修、平成29年に登録。
鴉宮稲荷社(旧本殿)は大阪市此花区伝法の鴉宮の境内東隅に建つ天明元年(1781年)の一間社流造で、2019年に登録有形文化財となった。もとの本殿で昭和5年頃と42年頃に移築され、蟇股や笈形を躍動感ある彫刻で飾る。
大阪府和泉市内田町の河野家住宅で、敷地の北西隅に南面して建つ江戸末期の土蔵。衣装や布団を納めた2階建の蔵で、置屋根の本瓦葺。開口は南の戸口と北面2階の小窓2つだけで、内部は1階2室・2階1室、小屋組は登梁。
大阪府和泉市内田町の河野家住宅で、裏土蔵西棟の東に建つ江戸末期の家財蔵。土蔵造平屋建の東西棟で置屋根の本瓦葺、南に戸口2つと下屋を付ける。漆喰壁の軒に鉢巻を廻し、東妻の腰を海鼠壁とする。2024年登録。
大阪府和泉市内田町の河野家住宅で、敷地の東辺中央に建つ江戸末期の門。屋根は北を入母屋造、南を切妻造とする本瓦葺で、北妻の下屋を門口として両開板戸と潜戸を設け、南に便所と牛屋、主屋への通路を収める。2024年登録。
大阪府和泉市内田町の河野家住宅で、敷地の東面南寄りに建つ江戸末期の家財蔵。土蔵造2階建、建築面積13㎡の小さな蔵で、置屋根の本瓦葺。漆喰壁の腰を通り側の東は縦板張、内側の西は海鼠壁とする。2024年登録。
大阪府和泉市内田町の河野家住宅で、敷地の南東隅に東面して建つ江戸末期の長屋門。門口の北を物置、南を男部屋とし、西へ延びる六畳の座敷に釣床と平書院を備え、平面はL字形。現在は河野邸の入口で2024年に登録された。
大阪府和泉市内田町の河野家住宅で、敷地中央北寄りに南面して建つ嘉永4年(1851年)の主屋。茅葺の大和棟に本瓦葺の落棟と下屋を付け、東に土間、西に前後二列八室を配し、南面に式台を構える。2024年に登録有形文化財に登録。
感田神社神馬舎は宝暦8年(1758年)建立で、登録12件中最古の建物。岸上武左衛門が同年に作り、文化7年に彩色した木造神馬を納める。緩い起りのある屋根と菱格子の造り、格子越しの見学方法を詳しく紹介する。
感田神社神門は安永9年(1780年)建立の三間一戸二重門。下層は大斗肘木と一軒繁垂木、上層は平三斗と二軒扇垂木と上下で軒を変え、花頭窓や格狭間風の窓を開く。大工種子島勘左衛門らが建立に関わった楼門である。